第19話、公安警察や自衛隊の動向。そして内部から崩れる影。
夜、唯華は自宅の書斎で、クアトロモニターに表示されたMi-24攻撃ヘリコプターの組み立てマニュアルを読み込んでいた。地下壕での組み立て作業は順調に進んでいるが、彼女は、全てのプロセスを把握し、万が一の事態に備えようとしていた。マニュアルには、ヘリコプターの各パーツの詳細な図面、組み立て手順、そして電気系統の配線図まで、全てが記載されていた。彼女は、それをまるで教科書を読むかのように、熱心に読み込んでいた。
彼女は、この「浄化」作戦を完遂するためには、どんな犠牲も厭わない覚悟だった。国民の怒り、政府の混乱、そして自衛隊の警戒。全てが、彼女の計画通りに進んでいる。そして、その全てが、彼女が描く「新しい日本」への礎となるのだ。
唯華の心には、一切の迷いはなかった。彼女は、すでに自分の手で、日本の未来を書き換えようとしている。そして、そのために、どんな犠牲も厭わない覚悟だった。彼女の瞳の奥には、冷たく燃える炎が宿っていた。
長野の山奥深く、外界の喧騒から隔絶された地下壕の心臓部で、神月唯華の心は、彼女が思い描く「浄化」の始まりを告げる、確かな感触に静かに高揚していた。クアトロモニターには、日を追うごとに精緻さを増していく地下壕の内部映像が映し出されている。それはまるで、彼女の指揮棒の先に、強大な軍隊が徐々にその姿を現し、形成されていくかのようだった。地下深くの巨大な空間に満ちる金属の匂い、機械の駆動音、そして人々の真剣な作業の気配が、モニター越しにも唯華の感性を刺激し、彼女の脳裏に描かれた未来の日本像を一層鮮明なものにしていた。
地下壕の最も奥まった区画、巨大な天井クレーンがゆっくりと資材を運び、溶接の火花が散る中、Mi-24攻撃ヘリコプターの組み立ては着々と進んでいた。その圧倒的な存在感は、地下壕の広大さを一層際立たせ、そこに集められた人々の集中力を象徴しているかのようだった。作業の中心には、元自衛隊整備士の吉岡 健太郎(40代、冷静沈着な性格、F-15戦闘機のエンジン整備の経験を持つベテラン)と、民間航空会社の整備士だった佐藤 浩二(30代、航空機の電気系統に精通、AH-64Dアパッチの電気系統を担当)がいた。彼らの指揮の下、数名の若手メンバーが、黙々と、しかし淀みなく作業を進めていた。彼らの顔には、真剣な眼差しが宿っていた。
「吉岡さん、メインローターのベアリングに微細な摩耗が見られます。交換が必要かと」
佐藤が懐中電灯で細部を照らし、慎重に点検しながら報告する。彼の声には、僅かな異常も見逃さないプロ意識が宿っていた。吉岡は頷き、手元の整備マニュアルを捲った。ページの隅々まで書き込みがされたそのマニュアルは、彼の長年の経験と知識の集大成だった。
「想定内だ。海外の組織に予備部品の手配を指示してある。到着次第、すぐに交換しろ。ヘリの組み立ては、地上での最終調整まで含めて、来月末までに完了させる」
吉岡の声には、長年の経験に裏打ちされた確かな自信と、揺るぎない覚悟が宿っていた。彼らは、たとえ最新鋭の航空機であろうと、その構造を熟知しており、どのような状況下でも完璧な整備を行う能力を持っていた。彼らにとって、機体を完璧な状態に保つことは、単なる職務ではなく、兵器の命を預かる者としての絶対的な使命だった。
地下壕の奥には、専用のクリーンルームが設けられ、外部からの埃や湿気を徹底的に遮断していた。ここでは、微細な塵一つが機体の精密な機構に影響を及ぼすことを防ぐため、厳格な衛生管理が敷かれていた。整備士たちは、白い防塵服に身を包み、まるで手術を行うかのように慎重に作業を進めていた。ヘリコプターのテスト飛行は、地下壕の広大な空間を利用して、地上でのホバリングテストのみに限定され、外部への音漏れを徹底的に防いでいた。巨大な格納庫の天井に設置された吸音材と、多重の防音扉が、ヘリコプターのローター音を完全に吸収し、外部に一切の情報を漏らさないよう設計されていた。この静かなる地下の空間で、恐るべき空の猛獣が、静かにその爪を研いでいた。
一方、地下壕の別の区画に設けられた広大な武器庫では、運び込まれた膨大な数の小火器や弾薬の管理が本格化していた。整然と並べられた木箱や金属製のコンテナが、この組織の尋常ならざる規模を物語っている。元自衛隊補給部隊の渡辺 拓也(40代、物資管理のプロ、細かい作業を厭わない几帳面な性格)と、物流管理の専門家である小林 雅人(30代、ITスキルが高く、QRコードによる在庫管理システムを構築)が中心となり、チームメンバーに指示を飛ばしていた。彼らの額には、管理の厳しさからくる緊張の汗が滲んでいた。
「AK-47はA区画、SVDはB区画に!弾薬は、種類と製造ロットごとに細かく分類して保管しろ!湿気対策も徹底すること。乾燥剤は定期的に交換だ!怠るな!」
渡辺の声が、武器庫の奥まで響き渡る。彼の指示は、兵站の重要性を熟知している者特有の、有無を言わせぬ響きを持っていた。小林は、タブレットを操作しながら、QRコードで全ての物資を管理するシステムを構築していた。入出庫時には必ずスキャンが行われ、リアルタイムで在庫状況が唯華のクアトロモニターにも反映される仕組みだ。このシステムは、単なる在庫管理に留まらず、使用期限の近い弾薬の優先消費、特定の任務に必要な物資の迅速なピックアップ、そして万が一の盗難や紛失の早期発見にまで対応できるよう設計されていた。地下壕の兵站システムは、唯華の「浄化」計画を支える血液そのものであり、その流れが滞れば、全てが破綻しかねないことを、彼らは誰よりも理解していた。
そして、最も重要なのは、実戦部隊の訓練だった。地下壕の一角に設けられた広大な訓練場では、汗と泥にまみれた隊員たちが、息つく暇もなく訓練を繰り返していた。唯華は、地下壕の一角に設けられた指令室から、高精細な監視カメラの映像で、メンバーの訓練の様子を絶えず確認していた。彼らのほとんどは、元自衛隊員や民間軍事会社の経験者、あるいは警察官OBといった経歴の持ち主だった。彼らを指導するのは、元特殊部隊の教官だった斉藤 隆一(50代、寡黙だが鋭い眼光、極めて厳しい訓練で知られる)と、元警察のSAT(特殊急襲部隊)隊員だった田中 慎吾(40代、実践的な戦闘術に長け、特に市街戦の経験が豊富)だ。
「もっと低く構えろ!重心を安定させろ!射撃姿勢が甘いぞ!貴様、集中力が足りん!」
斉藤の怒号が、訓練場に響き渡る。彼の言葉は、まるで鋼鉄の鞭のように、訓練生たちの身体と精神を容赦なく叩きつける。訓練生たちは、泥まみれになり、額から汗を滴らせながらも、黙々と射撃訓練や近接戦闘訓練、そして市街地での戦闘を想定した戦術訓練を繰り返していた。彼らの眼差しには、厳しい訓練に耐え抜く覚悟と、唯華が求める「浄化」を成し遂げるため、己の肉体と精神を極限まで追い込む決意が宿っていた。彼らは、単なる兵士ではなく、唯華の理想を体現する戦士となるべく、ひたすらに己を磨き上げていた。彼らの筋肉は、緊張で震えていた。
特に、T-72主力戦車とBMP-2歩兵戦闘車の操縦訓練は、地下壕の最も深く、広大な区画で行われた。地下空間全体に設置された振動吸収材と防音壁が、辛うじてその轟音を閉じ込めていたが、それでも地下壕全体が微かに震えるような錯覚を覚えるほどだった。広大な地下空間を利用して、スラローム走行や停車時の射撃訓練、そして複数車両による連携訓練が秘密裏に行われた。戦車のエンジン音は、地下壕全体に響き渡り、その度に唯華は、自らの計画が着実に、そして力強く進んでいることを実感した。
「戦車の操縦は、元機甲科の吉田 悟(30代、戦車操縦のエキスパート、冷静な判断力を持つ)に任せろ。彼の判断力と操縦技術は、この組織の中でも群を抜いている。BMP-2は、元普通科の加藤 勇作(30代、歩兵戦闘車の操縦、射撃、連携戦術に精通)が適任だ。歩兵との連携を密にし、実践的な動きを徹底させろ」
斉藤は、それぞれの隊員の適性を見極め、的確な配置を行っていた。彼の指示は、それぞれの隊員の能力を最大限に引き出し、組織としての戦闘力を高めるための最善策だった。唯華は、彼らのプロ意識の高さと、任務に対する揺るぎない献身に満足していた。それは、彼女の計画が単なる理想論ではなく、確固たる現実として形成されつつある証だった。
その日の夜、長野の地下壕から遠く離れた東京の自室で、唯華はチャットルームに、新日本解放戦線の幹部メンバーを招集した。彼女の顔には、これまでの苦労を微塵も感じさせない、静かな自信が満ち溢れていた。モニターに映し出された彼女の瞳は、未来を見据えるかのように澄み切っていた。
「諸君、これまでの努力に感謝する。我々の計画は着々と進行している。長野の地下壕は、我が『新日本解放戦線』の揺るぎない拠点として、その機能を発揮し始めている。今夜、私はこの『新日本解放戦線』の新たな組織体制、そして新政府機構の設立を発表する」
唯華の言葉に、チャットルームは静まり返った。画面上には、期待と緊張が入り混じったメッセージがわずかに見られた。彼女は、モニターに映し出された組織図を共有した。それは、従来のテロ組織とは一線を画す、国家にも匹敵する規模の巨大な組織図だった。緻密に構成されたその図は、唯華が単なる破壊を目論む者ではなく、新たな秩序の創造者であることを雄弁に物語っていた。
最高指導部
最高指導者:神月こうづき 唯華ゆいか
全組織の最終決定権と指揮権を持つ。直接、以下の各省庁の最高責任者を統括する。
唯華は、都内での学業を優先し、基本的に東京の自室からクアトロモニターを通じて指揮を執る。彼女の指示は、通信傍受を警戒し、高度な暗号化が施された専用回線を通じて、地下壕の各責任者に直接伝えられる。彼女の指先は、迷いなくキーボードを叩いていた。
国家評議会
最高指導者の諮問機関。各省庁の最高責任者で構成される。最高指導者の決定を補佐し、重要事項に関する意見具申を行う。
議長: 佐々木 賢治(60代、元大手企業経営者、組織運営の経験豊富、冷静沈着な判断力)
佐々木は、唯華の思想に深く共鳴し、その実現のために自身の全てを捧げる覚悟を決めている。彼の経営手腕は、この巨大組織を円滑に運営する上で不可欠な要素だった。彼の顔には、静かなる決意が宿っていた。
実行部隊(総員200名)
総司令部
総司令官: 斉藤 隆一(50代、元特殊部隊教官、実践的な戦闘経験と指揮能力に優れる)
斉藤は、その冷徹なまでの厳しさで部隊を統率し、唯華の意図を完璧に具現化する存在だった。彼の眼光は、鋭く光っていた。
副総司令官: 田中 慎吾(40代、元警察SAT隊員、市街戦、近接戦闘のエキスパート)
田中は、斉藤の右腕として、実践的な訓練と戦術指導に尽力していた。彼の表情は、常に冷静だった。
陸上戦闘部隊
第1機甲師団(戦車5輌、歩兵戦闘車5輌、隊員30名)
師団長: 吉田 悟(30代、元自衛隊機甲科、戦車操縦のエキスパート)
構成: T-72主力戦車隊(5輌)、BMP-2歩兵戦闘車隊(5輌)
彼らは、地下壕の広大な空間で、連携を極限まで高める訓練を繰り返していた。戦車の轟音が、地下壕に響き渡った。
第1歩兵師団(隊員100名)
師団長: 加藤 勇作(30代、元自衛隊普通科、歩兵戦術のエキスパート)
構成: 突撃班、狙撃班、機関銃班、対戦車班、防空班
彼らは、あらゆる状況下での戦闘を想定し、山岳地帯から市街地まで、多様な環境での訓練を重ねていた。彼らの顔には、汗と泥がついていた。
航空戦闘部隊(隊員10名)
部隊長: 高橋 隼人(30代、元自衛隊ヘリコプターパイロット、Mi-24の操縦技術習得中)
構成: Mi-24攻撃ヘリコプター隊(2機)
高橋は、Mi-24の操縦マニュアルを読み込み、シミュレーションを重ね、実践的な飛行技術を習得していた。彼の瞳は、空を見上げていた。
特殊作戦部隊(隊員30名)
部隊長: 中村 健太(30代、元自衛隊特殊作戦群、潜入、破壊工作、要人警護のエキスパート)
構成: 偵察班、潜入班、破壊工作班
彼らは、秘密裏の作戦遂行を担い、組織の目と耳となり、敵の情報を収集し、必要とあれば秘密裏に排除する役割を担っていた。彼らの動きは、まるで影のようだった。
支援部隊(隊員30名)
部隊長: 岡田 裕也(30代、元自衛隊衛生兵、医療、救助活動のエキスパート)
構成: 衛生班、通信班、工兵班
彼らは、戦場の後方支援を担い、部隊の活動を支える重要な役割を担っていた。彼らの手は、常に迅速に動いていた。
各省庁(総員100名)
総務省
大臣: 佐々木 賢治(国家評議会議長兼任)
役割: 組織全体の事務統括、人事、広報活動、法務、規律維持。新政府機構の中枢を担い、円滑な組織運営を保証する。
財政省
大臣: 大野 義明(50代、元金融機関勤務、資金調達、資産運用、経理のプロ)
役割: 組織の財政管理、資金調達、予算編成、報酬管理。海外の協力者を通じて、非合法なルートでの資金調達も行われていた。彼の指先は、電卓を叩くように素早く動いていた。
兵站省
大臣: 渡辺 拓也(40代、元自衛隊補給部隊、物資調達、輸送、保管、流通の管理)
役割: 武器弾薬、燃料、食料、医療品など全物資の調達、保管、供給。
担当: 小林 雅人(30代、兵站省次官、物資管理システム開発担当)
物資の調達は、時に海外の闇市場からも行われ、その輸送ルートは巧妙に隠蔽されていた。彼らの顔には、常に緊張の色が見られた。
情報省
大臣: 山田 剛(40代、元公安警察官、情報収集、分析、対情報工作のプロ)
役割: 国内外の政治、経済、軍事、社会情勢の情報収集、分析、偽装工作。
内通者: 木村(公安警察官)、田中(自衛隊情報本部員)
彼らは、政府機関内部に深く潜入し、機密情報を唯華のもとに流し続けていた。彼らの瞳は、常に周囲を警戒していた。
技術省
大臣: 吉岡 健太郎(40代、元自衛隊整備士、兵器の整備、開発、研究の統括)
役割: 兵器の整備、修理、新兵器の研究開発、通信技術、IT技術の管理。
担当: 佐藤 浩二(30代、技術省次官、航空機整備、電気系統担当)
彼らは、地下壕に設置された最新鋭の設備を駆使し、兵器の性能を最大限に引き出すための改良も行っていた。彼らの手は、油で汚れていた。
訓練省
大臣: 斉藤 隆一(総司令官兼任)
役割: 全隊員の訓練計画立案、実施、評価、精神教育。
斉藤は、訓練を通じて、隊員たちの精神的な統制も図っていた。彼の声は、訓練場に響き渡った。
医療衛生省
大臣: 杉山 真一(50代、元医師、医療活動、衛生管理、負傷兵の治療)
役割: 医療品の調達、野戦病院の設置、隊員の健康管理、負傷兵の治療。
地下壕には、最新の医療設備を備えた野戦病院が設置されていた。彼の指先は、繊細に器具を扱っていた。
外交省
大臣: 藤原 浩司(50代、元商社マン、海外ネットワーク、密輸ルートの開拓)
役割: 海外の組織との連携、物資調達、密輸ルートの確保。
藤原は、長年の商社マンとしての経験と、国内外に築き上げた人脈を最大限に活用し、組織の活動に必要なあらゆる資源を確保していた。彼の顔には、交渉の厳しさが刻まれていた。
国民啓発省
大臣: 井上 秀樹(40代、元メディア関係者、プロパガンダ、国民への広報活動)
役割: 組織の理念の浸透、国民への啓発活動、世論操作。
井上は、インターネットやSNSを駆使し、唯華の思想を国民に浸透させるための準備を進めていた。彼の指先は、キーボードの上を忙しく動いていた。
治安省
大臣: 佐藤 健二(50代、元警察官、内部の規律維持、情報漏洩対策)
役割: 組織内の秩序維持、内部監視、情報漏洩の防止、偽造身分証の作成。
佐藤は、組織内部のあらゆる動きを監視し、唯華の計画の秘密が漏洩しないよう厳戒態勢を敷いていた。彼の瞳は、常に周囲を観察していた。
「新日本解放戦線」軍の階級制度:秩序と統制の象徴
「そして、実行部隊には、新たな階級制度を導入する」
唯華は続けた。彼女の言葉は、冷徹でありながらも、確固たる決意に満ちていた。その声は、チャットルームの隅々まで響き渡った。
「これは、規律と統制を徹底し、作戦遂行能力を最大限に高めるために不可欠な措置である。階級は、能力と実績に応じて昇進する」
将官
大将: 総司令官(斉藤 隆一)
中将: 副総司令官(田中 慎吾)
少将: 師団長、部隊長(吉田 悟、加藤 勇作、高橋 隼人、中村 健太、岡田 裕也)
佐官
大佐: 各師団の副師団長、各部隊の副部隊長
中佐: 大隊長(各師団、部隊を構成する大隊の長)
少佐: 中隊長(各大隊を構成する中隊の長)
尉官
大尉: 小隊長(各中隊を構成する小隊の長)
中尉: 分隊長(各小隊を構成する分隊の長)
少尉: 班長(各分隊を構成する班の長)
下士官
曹長: 経験豊富な隊員、指導的立場
軍曹: 指導的立場
伍長: 経験の浅い隊員の指導、任務の遂行
兵
上等兵: 経験を積んだ兵
一等兵: 基本的な訓練を修了した兵
二等兵: 新規加入の兵
「この階級制度は、指揮系統を明確にし、迅速な意思決定を可能にする。各自、自らの階級と役割を自覚し、任務に邁進することを期待する」
唯華の言葉は、冷徹でありながらも、確固たる決意に満ちていた。チャットルームに集まったメンバーは、彼女の発表に静かに聞き入っていた。彼らは、目の前に広がる組織図が、自分たちの未来を、そして日本の未来を大きく変えるものであることを理解していた。彼らの顔には、緊張と共に、唯華の理想を共有する者だけが持つ、特別な覚悟が宿っていた。彼らの瞳は、唯華の言葉に吸い込まれるように輝いていた。
日本列島の地下で巨大な力が形成されつつある一方で、その存在に気づき始めた日本の治安機関は、焦燥感を募らせていた。
公安警察の黒崎の焦燥感は、日に日に募っていた。彼の直感は、新潟と長野の県境付近で確認される不審な電波と、大型車両の目撃情報が、単なる偶然ではないことを強く告げていた。彼のデスクには、連日、内偵捜査によって得られた断片的な情報が積み重なっていた。それは、まるで巨大なパズルの一片を掴んでいるような感覚だったが、全体像が全く見えてこない苛立ちが募っていた。彼の額には、深い皺が刻まれていた。
「上信越道、特に長野方面への深夜の大型車両の移動が、明らかに増えています。しかし、全て正規の輸送許可証と積載証明書を携帯しており、現時点では違法性を立証できません」
部下からの報告に、黒崎は額に手を当てた。疲労からくる頭痛が、こめかみを締め付ける。
「偽装だ。巧妙な偽装に違いない。だが、確たる証拠が掴めない限り、手出しはできない。彼らは、我々の動きを読んでいるかのように、完璧に動いている」
黒崎の言葉は、まるで彼の心の中の苛立ちをそのまま表しているかのようだった。彼は、情報漏洩の事態に直面し、組織内部に裏切り者がいる可能性を強く疑い始めていた。特に、公安警察の木村と、自衛隊情報本部の田中が、最近になって特定の情報に過剰な興味を示していることに、黒崎は気づいていた。彼らは、表向きは忠実な部下として振る舞っていたが、その眼差しに宿る微かな変化を、黒崎は見逃さなかった。しかし、彼らの行動は表向きは忠実であり、具体的な証拠は掴めていなかった。黒崎は、彼らの行動を密かに監視するよう、信頼できる部下に指示を出していた。彼の瞳は、疑念に満ちていた。
「彼らは、何を企んでいるんだ…一体、何を日本に持ち込んでいるんだ…」
黒崎の脳裏には、戦車や攻撃ヘリコプターといった重火器が、日本のどこかに隠されているという、おぞましい想像が膨らんでいた。それは、もはや単なる妄想ではなかった。集められた断片的な情報が、そのおぞましい可能性を強く示唆していた。しかし、それはあくまで彼の直感であり、証拠がなければ動けない。彼には、焦燥感と、得体の知れない脅威に対する苛立ちだけが募っていた。彼の指先が、無意識に机を叩いた。
唯華は、自宅の書斎で、クアトロモニターに映し出された長野の地下壕の映像を眺めていた。T-72主力戦車とBMP-2歩兵戦闘車が並び、Mi-24攻撃ヘリコプターの組み立て作業が着々と進む。その光景は、彼女の胸を熱くさせた。それは、彼女の理想が現実となりつつある、確かな手応えだった。
「全ては、計画通り…」
彼女は静かに呟いた。公安警察の動きは、情報省からリアルタイムで報告されていた。木村と田中からの情報により、彼らの捜査状況、特に警戒対象地域や、関心を持っている情報の内容まで筒抜けだった。唯華は、公安警察の動きを掌で転がすかのように、完全に掌握していた。彼女の唇には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「公安警察は、新潟と長野の県境に注目している。そして、不審な電波に。彼らは、我々の存在に気づき始めているが、決定的な証拠はない。引き続き、情報攪乱と偽装を徹底しろ」
唯華は、情報省の山田剛に指示を飛ばした。山田は、元公安警察官としての経験を活かし、公安の思考パターンを先読みし、巧妙な偽装情報を流したり、無線通信の周波数を頻繁に変更したりすることで、彼らの目を欺いていた。偽の物流情報を流し、監視カメラに映る車両に細工を施すなど、あらゆる手を使って公安警察の捜査を撹乱していた。情報省の精鋭たちは、インターネット上のあらゆる情報源を監視し、唯華の組織に関するわずかな兆候も徹底的に排除していた。彼らの指先は、キーボードの上を忙しく動き回っていた。
一方で、長野の地下壕では、組み立てが完了したMi-24攻撃ヘリコプターが、格納庫の広大な空間で静かにその巨体を横たえていた。整備チームは、最終点検を終え、いつでも離陸できる状態にしていた。機体には、最新のステルス塗料が施され、夜間の行動においてもレーダー探知を極限まで回避できるよう配慮されていた。ローターの付け根や、武器格納部分に至るまで、細部にわたる徹底した調整がなされていた。その機体は、まるで静かに眠る猛獣のようだった。
「唯華様、Mi-24の組み立てが完了しました。飛行テストは、まだ行っていませんが、全てのシステムは正常に作動しています」
吉岡健太郎からの報告がチャットルームに届く。唯華は満足そうに頷いた。彼女の脳裏には、完成したMi-24が、日本の空を悠然と舞う姿が鮮明に描かれていた。それは、彼女の「浄化」の象徴となることを確信していた。
「よくやった。テスト飛行は、私が指示するまで待機せよ。そして、隊員たちの訓練をさらに強化しろ。いざという時に、最大限の力を発揮できるように」
唯華の指示は、具体的かつ冷徹だった。彼女の言葉には、一切の躊躇や感情の揺らぎがなかった。彼女は、このヘリコプターが、彼女の「浄化」の象徴となることを確信していた。それは、彼女の思想が、具体的な形を伴って動き出している証だった。
夜が更け、唯華は自宅のベッドに横たわった。しかし、彼女の心は休まらない。天井を見上げながら、彼女は自身の計画が、これからの日本を根底から揺るがすことを理解していた。それは、数百万、数千万の人々の生活、運命、そして未来に影響を及ぼす、途方もない計画だった。しかし、彼女に迷いはなかった。彼女の心には、日本が直面する現状への深い絶望と、それを変革しようとする強い意志が共存していた。その瞳は、暗闇の中で静かに輝いていた。
「神よ…この日本を、私が救う…」
彼女は静かに呟いた。その瞳の奥には、冷たく燃える炎が宿っていた。それは、彼女の決意の証であり、新たな日本の夜明けを告げる光となるはずだった。彼女は、この国を蝕む病巣を「浄化」し、真の平和と秩序をもたらすためには、いかなる犠牲も厭わない覚悟を決めていた。その確固たる決意が、彼女の静かな寝顔の奥で、激しく燃え盛っていた。




