第18話、公安警察や自衛隊の動向。そして内部から崩れる影。
翌日、唯華は普段通り学校に登校した。クラスメイトたちと他愛ない会話を交わし、授業にも真剣に取り組む。しかし、彼女の心の中では、すでに次なる「決戦」へのカウントダウンが始まっていた。彼女の表情は穏やかだが、その内側では激しい炎が燃え盛っていた。
放課後、唯華は図書館でタブレットを開き、チャットルームにアクセスした。今日の会議は、今後の「新日本解放戦線」の組織体制についてだ。
「同志諸君。本日の会議では、今後の『新日本解放戦線』の組織図と、軍としての階級制度、そして省庁の設立について発表します」
唯華のメッセージに、チャットルームは一瞬静まり返った後、すぐに歓喜の声で溢れかえった。画面上には、興奮を表すメッセージが次々と表示された。
「ついに、本格的な組織化ですね!」
「唯華様のリーダーシップの下、我々はさらに強固な組織となるでしょう!」
「これは、まさに『新しい日本』の始まりだ!」
メンバーたちは、唯華の発表に興奮を隠せないようだった。彼らにとって、これは単なる組織の再編ではない。自分たちが目指す「新しい日本」が、具体的な形を持ち始める瞬間なのだ。彼らの目には、希望の光が宿っていた。
「詳細は、今度の定例会議で発表します。皆さん、楽しみにしていてください」
唯華はそう締めくくると、会議を終了した。
チャットルームが閉じられると、唯華はモニターに映し出された白紙のドキュメントに目を向けた。これから、彼女は「新日本解放戦線」の組織図、階級制度、そして省庁の設立について、試行錯誤しながら具体的に考えていくことになる。彼女の指先が、思考の速度に合わせて、無意識にキーボードの上を滑った。
(松原先生。あなたの言う『甘さ』は、この腐敗した社会には通用しない。私は、この国の癌を、根こそぎ切除する。痛みなくして、真の再生はない。)
唯華の唇から漏れたその言葉は、まるで世界の運命を支配するかのような、冷たい響きを帯びていた。彼女の心には、一切の迷いはなかった。来るべき「決戦」に向けて、唯華の覚悟は、すでに固まっていた。彼女は、すでに自分の手で、日本の未来を書き換えようとしている。そして、そのために、どんな犠牲も厭わない覚悟だった。その瞳の奥には、冷たい炎が宿っていた。
一方、新日本解放戦線のメンバーたちは、歓喜に震えながら、唯華の発表を今か今かと待ち望んでいた。彼らは、唯華が描く「新しい日本」の実現に向けて、自らの全てを捧げる覚悟だった。彼らの心には、未来への期待と、旧体制への怒りが渦巻いていた。彼らは知らなかった。唯華の「新しい日本」が、どのような犠牲の上に築かれるのかを。そして、その先に、真の平和が訪れるのか、それともさらなる混乱が待っているのかを。彼らの顔には、熱狂と、わずかな盲信が入り混じっていた。
唯華の指示を受けた長野の地下壕の調査は、まさに電光石火で進められた。選りすぐりの工作員が、その道のプロフェッショナルとして、緻密な調査結果を唯華のクアトロモニターにリアルタイムで報告する。モニターには、地下壕の詳細な内部構造図、温度・湿度データ、地質調査の結果などが、精巧なグラフィックで表示されていた。その映像は、まるで地下に隠された巨大な生物の心臓部を覗き見ているかのようだった。
「唯華様、地下壕の入り口は、熟練の工作員によって巧みに偽装され、周囲の自然に完全に溶け込んでいます。航空写真や衛星画像、さらには周辺住民の聞き込み調査でも、その存在を特定することは不可能かと」
報告は、地下壕の入り口が、長年の風雨に晒された自然の岩肌と見事に調和するように、苔や蔦、そして周辺の植生を模した特殊な素材で覆われていることを示していた。偽装の専門家が何週間もかけて作り上げた芸術品のような偽装は、まさに圧巻だった。その精巧さに、唯華はわずかに口角を上げた。
「内部は、旧日本軍の施設ならではの堅牢な造りです。厚いコンクリートと鉄骨で補強されており、少々の地震ではびくともしないでしょう。加えて、特筆すべきは、その優れた湿度と温度管理能力です。年間を通じて一定の環境が保たれており、大量の物資を長期的に保管するのに理想的な環境だと判断します。特に、精密機械や火薬類などのデリケートな物資の保管には最適かと」
報告は、地下壕内部の換気システムが、最新のフィルターと除湿装置によって常に最適な状態に保たれていることを強調した。旧日本軍が極秘に運用していた施設は、現代においてもその機能性を十二分に発揮できると結論付けられていた。唯華は報告書を読み終え、静かに頷いた。これで、戦力拡充のための重要な拠点の一つが、磐石な体制で確保されたことになる。彼女の脳裏には、この広大な地下空間に、これから運び込まれるであろう膨大な量の武器弾薬、そして戦闘車両の姿が鮮明に描かれていた。その光景は、彼女の心を静かに高揚させた。
その日の夕刻、唯華はチャットルームで現地メンバーからの最終報告を受けた。
「唯華様、地下壕の入り口周辺の補強は完了しました。特殊な岩盤接着剤と鋼鉄製の補強材を組み合わせ、万が一の事態にも耐えうるよう強化しています。内部には、高性能なディーゼル発電機と、低消費電力型のLED照明設備を設置済みです。発電機は二重化されており、片方が故障してももう片方でバックアップできる体制です。また、周辺には複数の監視カメラとセンサーを配置し、赤外線センサー、地中音響センサー、さらには熱感知センサーも導入しました。不審な動きがあれば即座に察知できるよう、連動した警報システムも構築済みです。外部からは一切探知できない周波数帯の無線で監視システムと司令部が連携しています」
唯華はそれに「了解」とだけ返信した。彼女の心は既に次の段階へと移行していた。彼女の指先は、次の指令を打ち込むために、キーボードの上で軽く震えていた。
次に唯華が着手したのは、海外からの武器と戦闘車両の密輸計画だった。彼女は、以前から連絡を取っていた海外のネットワークに、具体的な調達リストを提示した。そのリストは、従来の小規模なテロ組織が扱うような代物とは一線を画す、本格的な軍事行動を視野に入れた、文字通り「軍隊」を組織するためのものだった。その内容は、常識を遥かに超えるものだった。
「調達希望リスト:T-72主力戦車 5輌、BMP-2歩兵戦闘車 5輌、Mi-24攻撃ヘリコプター 2機、RPG-7対戦車擲弾発射器 50丁(予備弾頭300発)、AK-47アサルトライフル 500丁(弾薬50万発)、SVDドラグノフ狙撃銃 50丁(弾薬5万発)、PK機関銃 20丁(弾薬20万発)、FIM-92スティンガー携帯式防空ミサイルシステム 10基(ミサイル30発)、手榴弾(破片型) 1000個、C4爆薬 100kg、雷管 500個、信管 500個。加えて、燃料 10000リットル、食料レーション 5000食、医療品(野戦病院セット) 5セット、通信機器(衛星電話、暗号化無線機) 各100セット、夜間作戦用暗視装置 50セット、ドローン(偵察用、攻撃用) 各20機、偽造パスポート 100部、大量の現金(米ドル、ユーロ)」
リストを見たメンバーの間に、一瞬の動揺が走った。チャットルームの画面には、驚きと戸惑いのメッセージがわずかに見られた。特にMi-24攻撃ヘリコプターの導入は、彼らの想像を遥かに超えるものだった。しかし、唯華の「浄化」の意思は固く、彼女の指示に異論を唱える者はいなかった。彼女の威圧的なまでの決意は、メンバーに畏敬の念を抱かせ、絶対的な忠誠を誓わせるに十分だった。
海外の組織からは、数日後に回答があった。その内容は、唯華の期待を裏切らないものだった。
「唯華様の提示されたリスト、全て調達可能です。ただし、Mi-24攻撃ヘリコプターは、その特性上、分解しての輸送となります。輸送には、海上ルートと陸上ルートを組み合わせる必要があり、かなりの時間を要します。また、輸送中に発生するあらゆるリスク、例えば税関の検査や、不慮の事故などに対する責任は一切負いかねます。報酬については、リスト総額の30%を前金として頂戴し、残金は全て物資引き渡し時に支払っていただきます。現地の通貨は受け入れかねますので、米ドルかユーロでの支払いをお願いします」
唯華は、提示された条件を即座に承諾した。彼女は、国家転覆に匹敵する「浄化」を成し遂げるためには、これほどの投資は当然だと考えていた。彼女は、すでに準備している潤沢な資金源から、速やかに前金を手配するよう指示した。その指先は、迷いなく次の指令を打ち込んでいた。
唯華は、物資の密輸ルートの確保を、最も重要な課題と捉えていた。特に、戦車やヘリコプターといった大型兵器の輸送は、これまでの経験とは比較にならない困難を伴う。彼女は、日本全国の港湾、主要道路、そして山間部の迂回路まで、ありとあらゆる情報を収集し、綿密なシミュレーションを繰り返した。彼女の書斎には、広げられた地図と、無数の資料が散乱していた。
「唯華様、輸送ルートの選定ですが、日本海側の港湾が有力候補となります。特に、新潟港、伏木富山港、直江津港など、大型船舶の入港実績があり、かつ比較的人目につきにくい時間帯に貨物量が多い港を重点的に調査しました」
チャットルームで、輸送担当のメンバーが報告する。彼の背後には、日本地図が広げられ、各港湾の特性が詳細に記されたデータがプロジェクターで投影されていた。
「特に、伏木富山港は、深夜の貨物量が多く、人目につきにくい時間帯を狙えば、比較的容易に搬入できる可能性があります。ですが、これはあくまで港湾内の話です」
「しかし、港湾は常に監視されています。港湾施設に設置された多数の監視カメラ、海上保安庁の巡回、そして不定期に行われる税関の検査など、リスクは山積しています。そこからの陸上輸送も大きなリスクです。特に、大型車両の移動は、そのサイズと重量ゆえに、警察や自衛隊の目に留まりやすいでしょう。夜間の道路状況、検問の頻度、主要な交差点の監視状況も考慮に入れなければなりません」
別のメンバーが懸念を表明する。彼の言葉には、現実的なリスクに対する重みが感じられた。彼の顔には、疲労の色が滲んでいた。
唯華は、彼らの意見を聞きながら、一つの結論に達した。彼女の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「海上輸送は、漁船や貨物船を偽装して行う。これは鉄則だ。そして、港からの陸上輸送は、深夜に行い、事前に確保した偽装車両で運搬する。我々が最も警戒すべきは、公安警察と自衛隊の監視だ。彼らは、通常とは異なる動き、不審な車両、そして不審な電波を常に監視している。彼らの目を掻い潜るための、完璧な偽装と緻密な計画が必要だ」
彼女は、チャットルームに新たな指示を打ち込んだ。その指示は、詳細かつ多岐にわたるものだった。
「各港湾、および主要な国道、高速道路の監視体制を徹底的に分析しろ。特に、深夜の時間帯の警備状況、検問の頻度、監視カメラの位置、そして人通りが少ない時間帯の交通量を洗い出せ。同時に、偽装のための漁船や貨物船の手配、大型輸送車両の確保も急務だ。貨物船は、通常の貿易ルートを逸脱しないよう、偽装の荷物を積んだ上で、最終的に沖合で積み替え作業を行う。漁船は、既存の漁協から借り上げるか、あるいは廃船寸前のものを買い取り、徹底的に偽装しろ。船名、漁業登録番号、そして無線コールサインまで、全て既存の漁船を模倣すること。大型輸送車両は、工事車両や運送会社の車両を模倣し、偽造の許可証や積載証明書も用意する。運転手には、徹底した偽装訓練を施せ。そして、最終目的地である長野の地下壕までの陸上輸送ルートを複数確保しろ。万が一、一つのルートが封鎖された場合でも、代替ルートを用意しておく必要がある。特に、高速道路のインターチェンジ周辺は、警備が厳重になる可能性が高い。山間部を通る迂回ルートも検討しろ。必要であれば、山中に新たな簡易道路を建設することも視野に入れろ。全ての計画は、公安警察や自衛隊の通常の捜査網に引っかからないよう、極秘裏に進めろ」
唯華の指示は細部にわたり、抜け目がなかった。彼女は、綿密な計画こそが成功への鍵だと知っていた。彼女は、あらゆる可能性を考慮し、リスクを最小限に抑えようとしていた。彼女は、既に複数の廃工場や資材置き場を借り上げ、一時的な保管場所として利用する計画も立てていた。そこから、段階的に長野の地下壕へ輸送するのだ。彼女の指が、地図上のルートをなぞった。
物資の密輸計画が動き出す中、唯華は同時に「新日本解放戦線」のメンバーの潜伏と偽装を徹底させた。彼女は、組織の安全を最優先に考え、情報管理には並々ならぬ注意を払っていた。彼女の眉間には、常に緊張の色が宿っていた。
「国民の不信感が高まる中、公安警察の捜査はさらに強化されるだろう。我々の活動が露見することは、絶対に避けなければならない。一度でも足取りを掴まれれば、全てが水の泡となる」
唯華は、チャットルームでメンバーに訓示した。彼女の言葉は、まるで鋭利な刃物のように、メンバーの心に突き刺さった。画面上の同志たちは、その言葉を真剣に受け止めていた。
「全てのメンバーは、通常の生活を装い、決して不審な行動を取るな。SNSでの発言、友人との会話、全てに細心の注意を払え。政治的な発言、社会への不満、過去の活動歴など、一切を匂わせるな。特に、組織に関する情報は、家族にも絶対に漏らしてはならない。家族が疑いの目で見られるようなことがあってはならない。万が一、家族が公安の接触を受けた場合、どのように対応すべきか、事前に徹底的にシミュレーションしておけ」
唯華は、メンバーに偽装身分証の作成を指示し、万が一の事態に備えさせた。身分証は、公安警察が用いる高度な照合システムにも耐えうるよう、細部にまでこだわり、偽造のプロフェッショナル集団に依頼していた。また、外部との連絡には、複数の暗号化通信アプリと衛星電話を使用し、定期的に通信経路を変更するよう命じた。
「我々の通信は、常に公安警察に傍受されていると考えろ。決して、安易な発言をするな。組織の名前、メンバーの氏名、活動内容、場所など、具体的な情報は一切口にするな。全ての情報は、軍事レベルの暗号化が施されたチャットルーム、あるいは直接の対面でのみ共有する。対面での会話も、盗聴のリスクを考慮し、電波が届きにくい場所や、人の多い場所で、さも偶然を装って行え。カフェや公園、駅のホームなど、自然な会話に紛れ込ませるのが最も効果的だ」
唯華は、情報管理の徹底を繰り返し強調した。彼女は、過去のテロ組織が情報漏洩によって壊滅した例をいくつも知っていた。彼女は、自身の計画が、そのような稚拙なミスで頓挫することを何よりも恐れていた。彼女の瞳には、冷たい警戒の色が宿っていた。
物資の管理についても、唯華は厳格な指示を出した。長野の地下壕は、今後、彼女の「浄化」作戦の主要な兵站拠点となる。そこに運び込まれる全ての物資は、徹底的に管理されなければならない。
「長野の地下壕は、今後、我々の主要な兵站拠点となる。そこに運び込まれる全ての物資は、徹底的に管理されなければならない。一つでも紛失すれば、作戦全体の遂行に影響を及ぼす。これを肝に銘じろ」
唯華は、地下壕に専門の管理チームを配置することを決定した。チームは、元自衛隊の補給部隊に所属していた者や、物流管理の専門家など、経験豊富な人材で構成されていた。
「物資は種類ごとに分類し、厳重に保管しろ。特に、武器、弾薬、爆薬は、それぞれ異なる区画に分け、厳重なセキュリティ体制を敷け。それぞれの区画には、複数の防爆扉と、生体認証システムによるロックを設置する。湿気や温度による劣化を防ぐため、定期的な点検も怠るな。特に、爆薬は、温度変化に敏感だ。厳密な温度管理を徹底しろ。弾薬は、湿気による不発弾化を防ぐため、真空パックや乾燥剤を徹底的に使用すること」
唯華は、地下壕の管理チームに、物資の出入庫記録の徹底、定期的な棚卸し、そして異常事態発生時の報告体制の確立を義務付けた。
「全ての物資は、QRコードで管理し、入出庫時には必ずスキャンを行うこと。手書きの帳簿は一切認めない。全てのデータは、暗号化されたサーバーにリアルタイムでアップロードされる。万が一、紛失や盗難が発生した場合、速やかに私に報告しろ。責任の所在を明確にし、徹底的に原因を追及する。故意によるものであれば、厳罰に処する」
唯華の指示は、まるで軍の物資管理マニュアルのようだった。彼女は、一見すると地味な物資管理が、今後の「浄化」作戦の成否を左右する重要な要素であることを理解していた。彼女の表情は、一切の妥協を許さない厳しさだった。
数週間後、唯華の指示の下、密輸作戦が開始された。最初のターゲットは、比較的輸送が容易な小型武器と弾薬だった。
偽装された漁船が、伏木富山港の沖合に停泊した。夜空に紛れて、そこから小型の漁船に積み替えられた。小型漁船は、通常の漁を装い、沖合から人目につかない小さな漁港へとゆっくりと近づいた。漁港は、事前に唯華のメンバーが手配し、その日の漁協の活動を休止させていた。深夜2時、人っ子一人いない漁港の岸壁に、漁船は静かに接岸した。波の音が、静寂の中に響いた。
待機していたのは、運送会社のロゴが貼られた偽装トラックだった。トラックの荷台は、積み荷が外部から見えないように、分厚い幌で覆われている。荷揚げ作業は、唯華が選抜した精鋭のメンバーが行った。彼らは、重い木箱を手際よくトラックに積み込んでいく。作業は、秒単位で管理され、一切の無駄がなかった。彼らの額には、汗が光っていた。
トラックは、高速道路を避け、人里離れた山間部の迂回ルートを通り、長野の地下壕へと向かった。唯華は、自宅のクアトロモニターで、GPS追跡システムを通じて輸送状況をリアルタイムで監視していた。モニターには、トラックの現在地が点滅し、周辺の交通状況や監視カメラの配置が詳細に表示されている。
「現在、輸送隊は上信越自動車道に入りました。周囲に不審車両はありません。公安警察の無線傍受も確認されず、異常なしです」
輸送担当のメンバーからの報告が、チャットルームに流れる。唯華は、その報告に安堵することなく、さらに警戒を強めた。彼女の瞳は、モニターに釘付けだった。
「了解。引き続き警戒を怠るな。特に、山間部の検問所や、監視カメラが少ない区間での不審な動きに注意しろ。何かあれば、即座に報告せよ」
唯華は、チャットルームで指示を出し続けた。彼女は、この間、一切の睡眠を取らず、神経を研ぎ澄ませていた。その顔には、疲労の色は見られなかった。
数日後、小型武器と弾薬の搬入は無事に完了した。地下壕の奥深くには、AK-47アサルトライフル500丁、SVDドラグノフ狙撃銃50丁、PK機関銃20丁、そして大量の弾薬が整然と並べられた。その光景は、さながら闇の兵器庫だった。それぞれの武器には、管理用のQRコードが貼られ、厳重なセキュリティ体制が敷かれていた。
次に、戦車と歩兵戦闘車の密輸が始まった。これは、小型武器とは比較にならない規模の作戦だった。海外の組織が手配した偽装貨物船は、公海上でT-72主力戦車5輌とBMP-2歩兵戦闘車5輌を小型の貨物船に積み替えた。積み替え作業は、熟練の傭兵たちが、特殊なクレーン船と連携し、わずか数時間で完了させた。海鳥の鳴き声だけが、その作業を見守っていた。
貨物船は、通常の航路を外れ、新潟県の寂れた海岸線へと接近した。その海岸は、人里離れた場所にあり、過去には漁船の不法投棄場として使われていたような場所だった。波が静かに打ち寄せる音が聞こえる。
「唯華様、目標地点に貨物船が到達しました。陸上からの監視は異常なし。海上保安庁の巡回ルートからも外れており、無線傍受もありません」
チャットルームに、先遣隊からの報告が入る。唯華は、緊張しながらモニターを見つめた。海岸には、事前に手配した大型クレーンと、偽装されたトレーラーが待機している。クレーンは、通常の工事現場で使われるような大型のものを改造し、深夜の海岸で稼働させるために、発電機も別途用意されていた。トレーラーは、大型重機輸送用のものに、目隠し用の幌と、偽造の会社ロゴが貼られている。
夜空の下、闇に紛れて、戦車と歩兵戦闘車が次々と陸揚げされていく。巨大な鉄の塊が、クレーンで吊り上げられ、トレーラーに積み込まれる光景は、まるでSF映画のようだった。作業員たちは、一切の無駄なく、迅速に作業を進めていく。彼らは、特殊部隊の訓練を受けた者たちであり、困難な状況下でも冷静沈着に任務を遂行する能力を持っていた。彼らの顔には、集中と決意が刻まれていた。
「陸揚げ完了しました。トレーラー、発進します。予定通り、山間部の迂回ルートを進みます」
報告を受け、唯華は深く息を吐き出した。しかし、ここからが本番だ。大型のトレーラーは、小型トラックよりも遥かに人目につきやすい。
トレーラーは、深夜の山間部をゆっくりと進んでいく。途中、複数の検問所があったが、唯華が事前に手配した偽造の輸送許可証と、トレーラー運転手への徹底した偽装指導が功を奏し、全てを突破することができた。運転手は、長年の経験を持つベテランの運送業者であり、唯華が多額の報酬と引き換えに抱き込んだ協力者だった。彼は、公安警察の尋問にも動じることなく、完璧な偽装を貫いた。彼の顔には、微塵の動揺も見られなかった。
そして、夜明け前、ついに戦車と歩兵戦闘車は長野の地下壕に運び込まれた。薄暗い地下空間に、重々しい金属音が響き渡る。T-72主力戦車の漆黒の巨体と、BMP-2歩兵戦闘車の無骨なフォルムが、そこに並ぶ姿は、まさに圧巻だった。唯華は、監視カメラの映像でその光景を確認し、満足そうに頷いた。これで、彼女の計画は、さらに現実味を帯びてきた。彼女の唇には、かすかな笑みが浮かんでいた。
最も困難を伴うのは、Mi-24攻撃ヘリコプターの密輸だった。ヘリコプターは、分解されて複数のコンテナに収納され、海上輸送された。
「唯華様、ヘリコプターの部品を積んだコンテナが、伏木富山港に入港します。入管審査は問題なく通過できる見込みです。コンテナは、通常の機械部品として申告されており、書類上も問題ありません」
報告を受け、唯華はホッと胸を撫で下ろした。しかし、ここからが新たな課題だ。分解されたヘリコプターを地下壕で再組み立てする必要がある。
「ヘリコプターの組み立てには、専門的な知識と技術が必要だ。我々のメンバーの中に、航空機整備の経験者はいるか?」
唯華はチャットルームにメッセージを打ち込んだ。すぐに、数名のメンバーから返信があった。彼らは、元自衛隊の整備士や、民間航空会社の整備士として勤務していた経験を持つ者たちだった。彼らは、日本の航空機整備業界の厳しい基準の中で培われた、確かな技術と知識を持っていた。
「唯華様、私にやらせてください。Mi-24の整備経験はありませんが、ローターやエンジン周りの構造は理解しています。マニュアルがあれば、組み立ては可能です。過去には、F-15戦闘機のエンジン整備や、CH-47輸送ヘリコプターの機体整備にも携わっていました」
「私も協力できます。航空機の電気系統に詳しいです。特に、アビオニクスや兵装システムの配線については、経験豊富です。自衛隊時代には、AH-64Dアパッチの電気系統を担当していました」
唯華は、彼らの返信に満足した。これほど優秀な人材が、彼女の元に集まっていることに、彼女は改めて運命を感じた。彼女の瞳には、確かな光が宿っていた。
「よし。彼らを中心に、ヘリコプター組み立てチームを結成する。海外の組織から、Mi-24の整備マニュアルと、必要な工具を全て手配しろ。マニュアルは、ロシア語版だけでなく、英語版も用意させろ。組み立ては、長野の地下壕で行う。地下壕の特性を生かし、防音対策を徹底し、外部に音が漏れないように細心の注意を払え。作業中は、周辺の電波状況を常に監視し、不審な電波が出ていないか確認しろ。ヘリコプターのテスト飛行は、最終段階まで行うな」
唯華は、具体的な指示を次々と出した。彼女は、ヘリコプターが空を飛ぶための最終的な準備が整う日を心待ちにしていた。その顔には、わずかな高揚の色が見られた。
長野の地下壕では、運び込まれた膨大な物資の管理が本格的に始まった。地下壕の内部は、まるで巨大なパズルのように、区画ごとに異なる役割を持っていた。
T-72主力戦車5輌は、専用の広大な区画に整然と並べられ、定期的な点検と燃料の補充が行われた。戦車のエンジン音は、地下壕の奥深くに響き渡り、まるで生きているかのような存在感を放っていた。整備士たちは、戦車の履帯や砲塔の点検を怠らず、いつでも出撃できる状態を保っていた。彼らの顔には、油と汗が光っていた。BMP-2歩兵戦闘車5輌も同様に管理され、乗員の訓練に備えられた。内部には、戦闘に必要な装備が全て積載されており、即応体制が整えられていた。
Mi-24攻撃ヘリコプター2機は、分解された状態で搬入され、組み立てチームによって慎重に組み立てが進められていた。巨大なローターブレードが取り付けられ、エンジンが搭載されていく様子は、まるで生命が吹き込まれていくかのようだった。整備士たちは、ロシア語の整備マニュアルを読み込みながら、精密な作業を続けていた。地下壕の奥深くには、ヘリコプターの組み立て専用のクリーンルームが設けられ、外部からの汚染を徹底的に排除していた。彼らの指先は、繊細な作業を淀みなくこなしていた。
武器庫には、AK-47アサルトライフル500丁、SVDドラグノフ狙撃銃50丁、PK機関銃20丁が、それぞれ専用のラックに整然と並べられていた。銃身は丁寧に手入れされ、いつでも射撃できる状態だった。弾薬も種類ごとに分類され、湿気対策が施された棚に保管されている。RPG-7対戦車擲弾発射器と予備弾頭、FIM-92スティンガー携帯式防空ミサイルシステムとミサイルも、厳重に管理された。ミサイルは、温度と湿度が厳しく管理された特殊なコンテナに保管され、いつでも使用できる状態だった。
爆薬庫には、C4爆薬100kg、手榴弾1000個、雷管500個、信管500個が保管され、厳重なセキュリティ体制が敷かれていた。爆薬庫への入室は、生体認証と複数人による認証が必要であり、常に監視カメラが稼働している。
また、燃料や食料、医療品、通信機器、夜間作戦用暗視装置、ドローン、偽造パスポート、そして大量の現金も、それぞれの専用区画で厳重に管理された。燃料は、専用の貯蔵タンクに保管され、防火対策も徹底されていた。食料レーションは、長期保存が可能なものが選ばれ、定期的に消費期限がチェックされていた。医療品は、本格的な野戦病院を開設できるほどの規模で、外科手術に必要な器具まで揃っていた。通信機器は、衛星電話、暗号化無線機に加え、妨害電波発生装置や、盗聴器発見器なども含まれていた。夜間作戦用暗視装置は、最新のデジタル式で、遠隔地からでも鮮明な映像を捉えることができた。ドローンは、偵察用と攻撃用に分けられ、それぞれ専用の格納庫で管理されていた。偽造パスポートは、様々な国籍や身分のものが用意されており、唯華のメンバーが世界中を自由に移動できるよう準備されていた。そして、大量の現金は、厳重な金庫に保管され、必要に応じていつでも引き出せるようになっていた。
唯華は、定期的に地下壕の状況をチャットルームで確認し、時には自ら現場に足を運び、物資の管理状況をチェックした。彼女は、全ての物資が、今後の「浄化」作戦を成功させるための重要な要素だと考えていた。彼女の瞳は、細部にまで目を光らせていた。
しかし、唯華の知らないところで、公安警察の黒崎の焦燥感は、日に日に増していた。彼は、情報漏洩の事態に直面し、まるで透明な壁に阻まれているかのような感覚に囚われていた。彼の顔には、疲労と苛立ちが色濃く浮かんでいた。
「情報漏洩は止まらない。我々の動きは筒抜けだ。まるで、彼らが我々の思考を読んでいるかのようだ…」
黒崎は、苛立ちを隠せない。彼のデスクには、連日、不審な情報が山積していた。内部に協力者がいる可能性も否定できないが、証拠は掴めていない。ただ、確かな情報として、日本海側の港湾で不審な動きがあったとの報告が複数上がっていた。
「大型の貨物船が、通常とは異なる不自然な航路を取っていたという報告が数件、海上保安庁からも上がっています。それに、深夜の山間部を、偽装されたトレーラーが走行していたという目撃情報も複数入っています。いずれも、不審な点はあったものの、具体的な証拠を掴むには至っていません」
部下からの報告に、黒崎は眉をひそめた。彼の脳裏には、最悪のシナリオがよぎっていた。
「大型貨物船にトレーラー…まさか、彼らが大型の武器を密輸しているのか?しかし、これまで彼らがこれほど大規模な武器を調達したことはない。彼らのこれまでの活動は、小規模なテロ行為に限定されていたはずだ」
黒崎の脳裏に、戦車やヘリコプターといった重火器が日本に運び込まれているという、恐るべき可能性が浮かび上がった。しかし、それはあくまで憶測に過ぎない。証拠がなければ、動くことはできない。彼の額には、冷たい汗が滲んでいた。
「上信越地方、特に新潟と長野の県境付近で、不審な電波が確認されています。断続的ですが、通常の通信ではないようです。特に、夜間に集中して検出されています」
別の部下からの報告に、黒崎はさらに表情を険しくした。その声には、緊迫感が漂っていた。
「それは、衛星電話の電波か?あるいは、高度に暗号化された無線通信か?通信内容を解析することはできないのか?」
「解析班が分析中ですが、非常に高度な暗号化が施されており、特定には時間がかかりそうです。これほどの暗号技術を持っている組織は、これまで見たことがありません。まるで、国家機関レベルの技術です」
黒崎は、机上の日本地図を睨みつけた。新潟と長野の県境付近…そこには、人里離れた山間部が広がっている。そして、旧日本軍の施設跡地が点在していることを、黒崎は知っていた。過去には、そうした施設が、犯罪組織の隠れ家や、麻薬の密造工場として利用された事例も存在した。
「もしかしたら、彼らはそこに隠れ家を築いているのかもしれない…そして、そこに何かを運び込んでいる」
黒崎の直感は、唯華の行動を正確に捉え始めていた。彼は、長年の経験から、この一連の不審な動きが、単なる偶然ではないことを確信していた。しかし、証拠がなければ、動くことはできない。彼は、焦燥感に駆られながらも、冷静さを保とうと努めていた。彼の胸中には、得体の知れない不安が渦巻いていた。その瞳の奥には、深い疑念が宿っていた。
唯華の学校生活は、以前と何ら変わりなかった。相変わらず成績優秀で、クラスメイトからの信頼も厚い。教師からも、その真面目な学習態度と、的確な受け答えに高い評価を受けていた。しかし、鈴鹿裕樹は、唯華の異変にますます不安を募らせていた。彼の心の中には、唯華に対する漠然とした恐れが芽生え始めていた。その恐れは、日を追うごとに大きくなっていた。
ある日、裕樹は放課後、偶然にも唯華が図書館でチャットルームにアクセスしている画面を、ちらりと見てしまった。唯華は、いつものように誰もいない席で、クアトロモニターを操作していた。裕樹は、唯華に声をかけようと近づいたその時、モニターに表示された言葉が彼の目に飛び込んできたのだ。そこには、「唯華様」という呼びかけ、「物資」という単語、そして「戦車」という、学生生活とはかけ離れた、軍隊のような専門用語と、膨大な物資リストが羅列されていたのだ。裕樹は、その瞬間、心臓が凍り付くような感覚に襲われた。彼の全身に、冷たい汗が流れた。
(唯華様…物資…戦車…まさか、神月さん、何かに巻き込まれてるのか?それとも、まさか…)
裕樹は、唯華が「新日本解放戦線」と関わっている可能性を疑い始めた。しかし、唯華の完璧な優等生としての顔と、彼の目の前で繰り広げられている現実との乖離に、彼は混乱していた。彼の知る神月唯華は、聡明で、いつも冷静で、周囲に優しく接する、完璧な女子生徒だった。しかし、今彼の目に映る唯華は、まるで別人のようだった。その瞳の奥には、彼が知らない冷たい光が宿っていた。
彼は、唯華に直接問いただそうかとも思ったが、もし、それが事実だった場合、自分自身が危険に晒されるのではないかという恐怖が勝った。裕樹は、唯華の背中に、冷たい威圧感が漂っていることを、より強く感じるようになっていた。それは、彼がこれまで知っていた「神月唯華」とは全く異なる、恐ろしく、そして全てを支配しようとするかのような、圧倒的な存在感だった。彼の心臓は、不安に打ち震えていた。
唯華は、裕樹の視線に気づいていたが、意に介する様子はなかった。彼女の心の中では、既に「新しい日本」を築くための具体的な計画が動き始めていた。彼女にとって、裕樹の存在は、取るに足らない、ごく一般的な学生の一人に過ぎなかった。




