第17話、公安警察や自衛隊の動向。そして内部から崩れる影。
大山議員の告白動画が社会に大きな波紋を広げた後も、公安警察の黒崎の心は、焦燥感に蝕まれていくばかりだった。「新日本解放戦線」の情報操作は、あまりにも巧妙で、国民の間に不信感と怒りが渦巻く中、彼らの活動はまるで加速装置が搭載されたかのように勢いを増していた。
「情報漏洩が止まらない。我々の動きは、まるで透けて見えているかのようだ。彼らは、我々の思考そのものを読み取っているとしか思えない…」
黒崎は、机を拳で叩きつけたい衝動を必死に抑え、苛立ちを露わにした。組織内部に協力者が潜んでいる可能性は否定できないが、確たる証拠は未だ掴めていない。彼の胸中には、猜疑心と無力感が渦巻いていた。
「このままでは、奴らに主導権を握られたままだ。次に何を仕掛けてくるのか、予測すらできない…」
黒崎は、机上の資料を鋭い眼光で睨みつけた。そこには、「新日本解放戦線」が過去に実行したと思われる小規模なテロ行為の報告書がまとめられていた。しかし、それらは全て、今回の大山議員拉致・監禁事件とは比較にならないほどの規模だ。彼らは、確実に、その行動をエスカレートさせている。その事実が、黒崎の心を深く抉った。
「政治家への影響力は計り知れない。奴らは、国民の不満を巧みに煽り、社会を混乱させ、最終的には政権転覆を目論んでいるのか…」
黒崎は、最悪のシナリオを頭の中で描いていた。そして、そのシナリオが、現実味を帯びてきていることを肌で感じていた。彼は、今すぐにも「新日本解放戦線」の首謀者を特定し、その活動を阻止する必要があると感じていた。しかし、手元にある情報はあまりにも少なすぎた。彼らの活動の裏に、いったいどのような組織が、どのような人物が関わっているのか、全く見えてこなかった。彼の視界は、濃い霧に覆われているかのようだった。
一方、自衛隊の藤田も、この未曾有の事態に直面し、強い危機感を抱いていた。大山議員の動画が公開されて以来、国民の間に広がる政府への不信感と、それに伴うデモの激化は、まるで内乱の一歩手前まで来ていると言っても過言ではなかった。彼の顔には、深い憂慮の皺が刻まれていた。
「彼らは、明確な目的を持って、この社会を動かしている。単なるテロリストなどではない…」
藤田は、司令部で、部下からの報告を静かに聞いていた。報告内容は、「新日本解放戦線」の活動が、より組織的かつ計画的になっていることを示唆するものだった。彼の脳裏には、不穏な未来図が描かれていた。
「武器の調達ルートは、未だ不明のままです。サイバー攻撃も、高度すぎて追跡が困難を極めています。そして、何よりも厄介なのは、彼らが世論を巧みに操っていることです」
部下の一人が、厳しい表情で報告する。その声には、焦りと無力感が滲んでいた。
藤田は、窓の外に広がる夕焼け空をじっと見つめた。茜色に染まる空は、しかし、彼の心に安らぎをもたらすことはなかった。この美しい日本の空の下で、今、社会が音を立てて崩れようとしている。その現実が、彼の胸を締め付けた。
「奴らが、次に何を仕掛けてくるか…予測はできない。しかし、我々は、最悪の事態に備えなければならない」
藤田は、深く息を吐き出した。そして、部下たちに毅然とした声で命令を下した。その声には、揺るぎない決意が込められていた。
「全隊、警戒レベルを最高に引き上げろ。不穏な動きがあれば、即座に報告。そして、万が一、国民の生命や財産に危害が及ぶ事態が発生した場合、躊躇なく行動を開始する準備を怠るな」
藤田の言葉には、強い決意が込められていた。彼は、この国の平和と秩序を守るために、自らの命を賭ける覚悟をしていた。彼らの敵は、見えない存在だが、その脅威は現実のものとして彼らの目の前に迫っていた。彼の瞳の奥には、燃えるような使命感が宿っていた。
唯華は、学校の屋上から、街の喧騒を静かに見下ろしていた。夕焼けが、コンクリートの建物群を赤く染め上げ、影を長く伸ばしている。彼女の耳には、遠くから聞こえるデモのシュプレヒコールが届いていた。それは、彼女の計画が、着実に社会を動かしていることの、確かな証だった。
(社会は、私たちの手によって、大きく揺さぶられている。あとは、その揺さぶりを、いかに『新しい日本』への礎とするか…)
唯華の瞳には、未来を見据えるかのような、冷たい光が宿っていた。彼女は、この混乱を、新たな秩序を築くための「痛み」として捉えていた。そして、その「痛み」の先には、真の自由と正義が支配する「新しい日本」が待っていると、揺るぎない確信を抱いていた。
彼女の携帯に、チャットルームからの通知が入る。次なるターゲットに関する、最終的な情報が集まったようだ。唯華は、静かに携帯の画面をスクロールする。そこに表示されたのは、この国の最高権力者の写真だった。その人物の顔には、唯華の知る「旧体制」の象徴たる傲慢さが滲み出ていた。
唯華は、写真の人物を見つめ、微かに唇の端を上げた。それは、勝利を確信した者の、冷たい笑みだった。その笑みには、一切の感情の揺らぎが見られなかった。
「これで、全てが変わる…」
唯華の言葉は、夕暮れの空に吸い込まれていった。彼女の心には、一切の迷いはなかった。彼女は、もう引き返すことのできない道を歩んでいることを理解していた。そして、その道の先に、どんな未来が待っていようとも、彼女は決して止まることはないだろう。彼女の背中からは、冷たい決意が滲み出ていた。
その頃、鈴鹿裕樹は、唯華の異変に気づき始めていた。彼女の表情、言葉、そして行動の全てが、以前とは異なる。彼は、唯華が何をしようとしているのか、漠然とした不安を抱きながらも、その真実を突き止める勇気を持てずにいた。しかし、彼の心には、確かな予感があった。
それは、唯華の行動が、この社会に、そして彼自身に、大きな影響を与えることになるだろうという、不吉な予感だった。そして、その予感は、やがて現実となる。新たな犠牲と、さらなる混乱の波が、すぐそこまで迫っていた。裕樹の胸には、鉛のような重い不安がのしかかっていた。
学校の昼休み、唯華は図書館の窓際の席で、ノートパソコンを開いていた。画面には、複数の情報サイトが表示されている。大山議員の告白動画に関するニュース、それに続くデモの報道、そして政府の対応を巡る識者の意見。唯華はそれらを淡々と読み進め、時折、分析するように細い目をしていた。彼女の周りでは、クラスメイトたちが今日の昼食のことや、週末の予定について賑やかに話している。唯華の耳には、彼らの他愛ない会話は、遠くのBGMのようにしか聞こえていなかった。彼女の意識は、遥か遠くの「浄化」計画に集中していた。
「神月さん、今日のお昼、購買のパン、美味しかったよね!」
クラスメイトの女子が、屈託のない笑顔で話しかけてきた。唯華は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。その笑顔は、完璧に「普通の女子生徒」を演じていた。
「ええ、美味しかったわ。ありがとう。」
その声は、いつもの唯華と何ら変わりなかった。しかし、その瞳の奥には、友人が知らない冷徹な光が宿っている。彼女は、クラスメイトたちの会話に相槌を打ちながらも、脳内では常に「新日本解放戦線」の次の戦略を練っていた。学校生活は、唯華にとって、社会に溶け込むための、そして情報を収集するための「偽装」でしかなかった。彼女の心の中では、二つの異なる世界が同時に存在していた。
放課後、唯華はいつものように図書室に足を運んだ。自習する生徒で賑わう室内で、唯華は奥の目立たない席に座り、タブレットを取り出した。彼女は、図書館のWi-Fiを利用して、チャットルームにアクセスする。セキュリティは万全だ。唯華は、自分が学校にいる間も、常に「同志」たちと連絡を取り合っていた。彼女の指先は、迷いなくキーボードを叩いていた。
「唯華様、大山巌の件、全国的な反響を呼んでいます。我々の計画は順調です」
「国民の不信感はピークに達し、旧体制への批判が高まっています」
チャットルームには、「同志」からの報告が次々と入ってくる。唯華はそれらを読み、冷静に状況を分析していた。彼女の顔には、一切の動揺が見られない。その表情は、まるで感情を持たない機械のようだった。
「いいでしょう。現状の社会の反応は、想定通りです。しかし、これで終わりではありません。私たちは、まだ始まったばかりです」
唯華はそう返信すると、次のメッセージを打ち込んだ。その指の動きは、淀みがなかった。
「さて、次のターゲットについてですが、いくつか候補が挙がっています。議論を開始しましょう」
チャットルームの画面には、唯華が事前にリストアップしていた、複数の人物の名前が提示された。彼らは、大山巌と同様に、日本の政財界に深く根を張る「旧体制」の象徴たちだ。それぞれの人物に関する詳細な情報が、簡潔にまとめられていた。彼らの経歴、不正の疑惑、そして、彼らを「浄化」した場合の社会への影響。唯華は、それらの情報を基に、最も効果的な次の一手を検討しようとしていた。彼女の瞳は、まるで獲物を定める猛禽類のように鋭かった。
夜が更け、唯華は自宅の書斎にいた。部屋の中央には、4枚のクアトロモニターが並んだデスクトップパソコンが置かれている。彼女は、その前に座り、キーボードに指を置いた。壁には、日本地図が貼り付けられており、いくつかの都市には赤い印が付けられている。これは、大山巌から聞き出した情報や、彼女たちが独自に収集した情報に基づいた、日本の腐敗の地図だ。その地図は、彼女の「浄化」への執念を象徴しているかのようだった。
深夜0時、定例会議の時間が来た。クアトロモニターの一つには、チャットルームの画面が、もう一つには資料が表示されている。残りの二つは、今後の計画をシミュレーションするためのツールが起動されていた。
「同志諸君、本日の会議を始める」
唯華がチャットルームにメッセージを打ち込むと、すぐに「了解」「待機中」といった返信が並んだ。画面は、同志たちの熱気に満ちていた。
「大山巌の告白動画は、想定以上の効果をもたらしました。国民の怒りは沸点に達し、我々の『浄化』への期待感が高まっています」
唯華は、冷静な声で話し始める。その声は、まるで軍の司令官のようだった。感情を排した、しかし力強い響きがあった。
「しかし、我々はまだ、この国の『癌』の根源に到達していません。そこで、本日は、次なるターゲットの選定について議論したい」
唯華は、事前に用意していたターゲット候補のリストをチャットルームに表示した。
「まずは、A氏。彼は、長年にわたり金融界のドンとして君臨し、裏で多くの企業の倒産に関与してきました。彼の不正を暴けば、経済界に大きな衝撃を与えられます」
「次に、B氏。彼は、政府の要職を歴任し、多くの利権に絡んでいます。彼の『浄化』は、政府の機能不全を露呈させるでしょう」
「そして、C氏。彼は、メディア界の黒幕であり、国民の目を欺く情報操作を行ってきました。彼の失墜は、世論の大きな転換点となるでしょう」
唯華は、それぞれのターゲットの概要を淀みなく説明した。チャットルームでは、すぐに活発な議論が始まった。
「A氏の不正は根が深く、証拠を掴むのに時間がかかりそうです。しかし、彼を『浄化』できれば、国民の金融機関への不信感は決定的なものとなるでしょう」
「B氏の『浄化』は、政権を揺るがす可能性が高い。しかし、その反動も大きいかもしれません」
「C氏の情報操作は巧妙です。彼を暴くには、我々が持つサイバー技術を最大限に活用する必要があります」
様々な意見が飛び交う中、唯華は一つ一つの意見に耳を傾け、冷静に分析していた。しかし、議論が進むにつれて、唯華は一つの壁にぶつかった。どのターゲットも、確かに「旧体制」の象徴ではあるが、大山巌のように、国民全体を巻き込むほどのインパクトに欠ける。彼女が求めるのは、日本の社会構造そのものを揺るがすような、決定的な一撃だ。彼女の眉間に、わずかな皺が寄った。
「……待ってください」
唯華は、チャットルームにメッセージを打ち込んだ。その言葉は、議論の流れをぴたりと止めた。
「確かに、どの候補も重要です。しかし、大山巌の時のような、国民の心を突き動かすような『象徴性』に欠けるように思えます」
唯華の言葉に、チャットルームが静まり返る。同志たちは、唯華の真意を測りかねているようだった。
「我々が目指すのは、単なる汚職政治家の摘発ではありません。この国を根底から変革するための『浄化』です。そのためには、より大きなインパクトを与える人物が必要だと考えます」
唯華は、モニターに表示された日本地図をじっと見つめた。赤い印が点々と散らばっているが、彼女が目指すのは、その全てを繋ぎ合わせ、一つの大きな絵を描くことだ。しかし、その絵の中心となる「点」が、まだ見つからない。彼女の瞳の奥には、探求の光が宿っていた。
「唯華様のおっしゃる通りです。次の行動は、より慎重に、そして大胆に計画すべきでしょう」
「新たなターゲットを、さらに深掘りして検討するべきだと思います」
チャットルームのメンバーも、唯華の意見に同意する。結局、その日の会議では、次のターゲットは決まらなかった。
「では、本日は、ターゲットの選定は一旦保留とします。各自、引き続き情報収集に努めてください」
唯華はそう告げると、チャットルームの画面を閉じ、もう一つのモニターに目を向けた。そこには、「新日本解放戦線」の次なるステップとなる、より具体的な準備計画が記されていた。彼女の指先が、その計画書をなぞった。
ターゲットの選定が保留となった今、唯華は、今後の「浄化」作戦を遂行するために、戦力の拡充が必要だと考えていた。特に、これまで手薄だった「物理的」な戦力、つまりは武器や車両の調達だ。彼女の脳裏には、具体的な兵器の姿が浮かんでいた。
「同志、武器の調達状況について報告を」
唯華がチャットルームで指示を出すと、武器担当のメンバーが報告を始めた。その声には、若干の困惑が見られた。
「小型自動小銃、散弾銃、拳銃、手榴弾など、各種類、一定数は確保済みです。しかし、より大規模な作戦を視野に入れると、圧倒的に不足しています」
「弾薬の確保も急務です。国内での調達は限界があります」
唯華は、これらの報告を聞きながら、今後の計画を頭の中で組み立てていた。彼女が目指すのは、単なる小規模なテロ行為ではない。国家の中枢にまで介入し、社会を根本から変革するための「革命」だ。そのためには、強力な武装が必要不可欠だ。彼女の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「了解しました。調達ルートの再検討と、新たなルートの開拓を急いでください。特に、海外からの密輸ルートの確保が重要となります」
唯華はそう指示すると、次に車両担当のメンバーに目を向けた。
「車両の調達状況はどうか」
「現在、一般車両は複数台確保していますが、戦術的な車両は不足しています。移動、物資運搬、そして万が一の交戦に備えるには、戦闘車両の導入が必要となります」
唯華は、この報告に静かに頷いた。彼女は、大山巌の拉致で社会が混乱している今が、戦力を拡充する絶好の機会だと考えていた。
「いいでしょう。では、本日より、戦闘車両の密輸計画を開始します。まずは、戦車5台、ジープ5台、攻撃ヘリコプター2機を目標に、準備を進めてください」
唯華の言葉に、チャットルームのメンバーは驚きを隠せないようだった。画面上には、動揺を示す絵文字が飛び交った。これまで、彼らが密輸したのは、せいぜい小型の武器や通信機器だ。戦車やジープといった大型の戦闘車両の密輸は、初めての試みとなる。
「戦車、ですか…?唯華様、それは…」
「リスクが高すぎます。密輸ルートの選定、輸送手段の確保、そして保管場所…全てにおいて、これまでの作戦とは比較にならないほどの困難が予想されます」
メンバーからの懸念の声が上がる。しかし、唯華の決意は揺るがなかった。彼女の表情は、氷のように冷たかった。
「承知しています。しかし、我々が目指す『浄化』を完遂するためには、このリスクを冒す価値がある。戦力なくして、旧体制を打倒することはできない」
唯華は、強い口調でメンバーを諭した。その声には、有無を言わせぬ響きがあった。
「密輸ルートについては、海外の同志に協力を要請します。彼らには、これまで培ってきたノウハウとネットワークがある。戦車やジープの密輸経験を持つ者もいるでしょう」
「保管場所については、上信越地方の海沿い、あるいは山奥の廃墟や、元々旧日本軍の軍事施設跡地を利用することを検討しています。人里離れていて、かつ隠蔽性の高い場所が望ましい。候補地をいくつかリストアップしてください」
唯華は、具体的な指示を次々と出していった。彼女の頭の中には、すでに密輸計画の全体像が描かれている。
「上信越地方…そうですか。確かに、このあたりは隠蔽に適した場所が多い。新潟県の海岸沿いや、長野県の山間部には、廃墟となった工場や、旧日本軍の秘密基地の跡地が点在しています」
「過去の資料を当たれば、最適な場所が見つかるかもしれません」
メンバーたちは、唯華の指示に従い、すぐに情報収集に取り掛かった。彼らの指先が、キーボードの上を忙しく動き始めた。
数日後、唯華の書斎のクアトロモニターには、いくつかの候補地が表示されていた。新潟県の寂れた漁港の近くにある、廃墟となった製糸工場。長野県の山奥深くにある、かつて旧日本軍が使用していたと伝えられる地下壕。そして、富山県と新潟県の県境に近い、人里離れた海岸沿いの崖下にある、放棄された採石場。
唯華は、それぞれの候補地の詳細な情報を見比べていた。衛星写真、地形データ、周辺の人口密度、そして警備体制の脆弱性。彼女の目は、わずかな情報も見逃すまいと、画面の隅々までを捉えていた。
「唯華様、新潟の製糸工場は、老朽化が進んでいますが、敷地が広く、大型車両の出入りも可能です。しかし、海沿いにあるため、万が一の発見リスクが高いかもしれません」
「長野の地下壕は、完全に外界から隔絶されています。しかし、山奥で交通の便が悪く、輸送に手間取ることが予想されます」
「富山の採石場は、海からのアクセスが容易で、人目にもつきにくい。しかし、内部の空間が限られている可能性があります」
メンバーからの報告を聞きながら、唯華は思考を巡らせる。それぞれの場所に一長一短がある。しかし、唯華が最も重視するのは、隠蔽性と安全性だ。彼女の眉間に、深い皺が刻まれた。
「…長野の地下壕は、どうか。旧日本軍の施設であれば、頑丈な作りになっているはずだ」
唯華は、長野県の候補地に表示された地下壕の写真に目を留めた。そこは、周囲を深い森に囲まれた、ほとんど忘れ去られた場所だった。入り口は草木に覆われ、まるで自然の一部のように溶け込んでいる。
「地下壕の内部構造に関する資料は、まだ断片的にしかありません。しかし、過去の記録によれば、複数の通路と広大な空間が地下に広がっているとされています」
「地盤も安定しており、地震などの自然災害にも強い構造になっている可能性が高いです」
メンバーからの追加情報に、唯華は静かに頷いた。その頷きには、確かな手応えが感じられた。
「よし。では、長野の地下壕を第一候補とする。直ちに、詳細な内部調査を行い、戦車やジープの保管場所として利用可能か、徹底的に確認してください」
唯華の指示に、メンバーは即座に動き出した。彼らは、唯華の決断に、一切の疑いを抱いていなかった。彼女の指示は常に的確で、計画は常に成功に導かれてきたからだ。
「唯華様、地下壕の入り口は発見が困難を極めます。慎重に調査を進めます」
「輸送ルートも確保します。山道を通るため、特殊な車両が必要となるかもしれません」
唯華は、彼らの報告に耳を傾けながら、今後の展開をシミュレーションしていた。戦車やジープが地下壕に運び込まれる様子、そしてそれが「新日本解放戦線」の戦力として、どのような影響を与えるか。彼女の心には、すでに「新しい日本」の姿が、鮮明に描かれていた。その瞳の奥には、冷たい炎が燃え盛っていた。
唯華の学校生活は、表向きは何も変わらなかった。しかし、クラスメイトたちの唯華を見る目は、少しずつ変化していた。大山議員のニュースが世間を騒がせる中、唯華の冷静沈着な態度や、時折見せる深い洞察力に、クラスメイトたちは漠然とした違和感を覚えていたのだ。彼らの視線には、好奇心と、かすかな畏怖が混じっていた。
特に、鈴鹿裕樹は、その違和感を強く感じていた。彼は、唯華が休憩時間に図書館のノートパソコンで何か真剣に作業している姿を何度も目撃していた。唯華の画面を覗き見ることはできないが、彼女の表情は、友人と談笑している時とは全く異なる、研ぎ澄まされたものだった。その横顔には、彼が知らない冷徹な意志が宿っているように見えた。
ある日の放課後、裕樹は唯華が図書館を出ていくのを偶然見かけた。唯華は、いつも通りスマートに、そして堂々と歩いていたが、その背中には、裕樹がこれまで見たことのない、どこか冷たい威圧感が漂っているように感じられた。それは、彼の心を凍りつかせるような感覚だった。
(神月さん、最近、何かおかしい…)
裕樹の心には、漠然とした不安が広がっていた。彼は、唯華が何か大きな秘密を抱えているのではないかと疑い始めていた。しかし、その秘密が何なのか、そしてそれが自分たちの日常にどのような影響を与えるのか、全く想像がつかなかった。彼の胸には、得体の知れない重苦しさがのしかかっていた。
裕樹は、唯華に直接問いただす勇気を持てずにいた。彼は、唯華の完璧な優等生としての顔の裏に隠された、もう一つの顔を、漠然とではあるが感じ取っていた。それは、彼の「親切で頭の良いクラスメイト」のイメージとはかけ離れた、冷徹で、そして全てを支配しようとするかのような、恐ろしい顔だった。その顔を想像するだけで、裕樹の背筋には冷たいものが走った。
彼は、このまま、唯華の影に怯えながら、日常を過ごすしかないのかと、不安に駆られていた。そして、その不安は、日を追うごとに大きくなっていった。彼の心は、まるで嵐の前の静けさのように、ざわついていた。
夜が深まり、唯華は再び自宅の書斎にいた。クアトロモニターには、長野の地下壕に関する詳細な調査報告が表示されている。地下壕の入り口は、巧みに隠されており、人目につくことはほとんどない。内部は、旧日本軍が物資を保管するために使用していたため、広大な空間が確保されており、戦車5台、ジープ5台を収容しても十分な余裕があることが確認された。
「唯華様、地下壕の調査を完了しました。内部の構造は非常に頑丈で、大規模な車両の搬入も可能です。ただし、入り口周辺の補強と、内部の照明設備の設置は必要となります」
チャットルームに、調査チームからの報告が入る。唯華は満足そうに頷いた。
「了解しました。直ちに、補強と照明設備の設置に着手してください。同時に、周辺の監視網も強化すること」
唯華は、即座に指示を出した。これで、戦車やジープの保管場所は確保できた。彼女の指先が、キーボードの上を滑らかに動いた。
次に、唯華は、海外の同志との連絡を開始した。彼女は、海外のネットワークを通じて、武器や戦闘車両の密輸に長けた組織と交渉を進めていた。
「戦車5台、ジープ5台、そしてそれに伴う弾薬と燃料の密輸を依頼したい。報酬は、貴殿らの要求通り支払う」
唯華は、冷静な口調でメッセージを打ち込む。彼女の背後には、日本地図が広がり、そこに記された赤い印が、彼女の決意を物語っていた。その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
海外の組織からは、すぐに返信があった。
「了解した。調達には時間がかかるが、信頼できるルートを確保する。輸送手段の手配も進める。具体的な日程は、後日改めて連絡する」
唯華は、その返信を読み、静かに頷いた。これで、準備は着々と進んでいる。
唯華の心には、一切の迷いはなかった。彼女は、この「浄化」作戦を完遂するために、どんな犠牲も厭わない覚悟だった。国民の怒り、政府の混乱、そして自衛隊の警戒。全てが、彼女の計画通りに進んでいる。その全てが、彼女が描く「新しい日本」への礎となるのだ。
唯華は、モニターに映し出された、戦車の画像を見つめた。その圧倒的な破壊力は、旧体制を粉砕するための強力な武器となるだろう。そして、それが「新しい日本」を築くための、重要な礎となるのだ。彼女の唇には、かすかな笑みが浮かんでいた。




