第0話、復讐を誓った同士達。~プロローグ~
鉛色の空から降り注ぐのは、血と硝煙の匂いだった。耳をつんざく悲鳴が、生と死の境界線を曖昧にする。それは、新日本解放戦線の仲間たちの断末魔であり、あるいは憎き敵、日本政府軍の苦痛の叫びでもあった。乾いた銃声がひっきりなしに大地を揺らし、通信機からは、途切れることのない仲間の訃報が、冷徹な現実を突きつけてくる。「〇〇隊、全滅!」「△△少佐、被弾!意識不明!」――一つ一つの報告が、神月唯華の胸を深く抉る。ここは、この世の終わりとしか思えない地獄の最前線。しかし、彼女はこの惨状をただ見ているわけにはいかなかった。この世界を、もう一度正しい方向へと導くために、彼女はここにいる。
新日本解放戦線が仕掛けたこの戦闘が発端となり、日本各地で戦火は燃え盛っている。日本の革命のため、彼らは「新日本解放戦線」として、腐敗しきった日本政府、そして全ての悪の根源である米国に抗っている。神月唯華は、この「新日本解放戦線」を率いる総統として、この国の運命をその両肩に背負っていた。この重みが、彼女を一層強くする。
東京郊外、都心を見下ろす30階建てのビルの屋上。冷たい風が、彼女のトレードマークである黒い戦闘服の裾を翻す。唯華は一人、双眼鏡を覗き込んでいた。時折、疲労からか瞼の裏が熱くなり、指先で強く目をこする。徹夜続きの作戦立案と、昼夜を問わない指揮で、彼女の体は悲鳴を上げていたが、それを無視する。息を潜めるようにじっと遠くを見つめる。遥か先には、何本ものビルが崩れ落ち、都内は真紅の炎に包まれていた。その光景を、唯華は血が滲むほど唇を噛み締めながら眺めていた。この炎こそが、腐りきった日本を焼き尽くし、新しい国を創り出すための業火なのだと、彼女は自分に言い聞かせる。その熱が、唯華自身の体温を奪い去るような冷たさを感じさせた。
彼女の名前は、神月唯華。
普段は学校を「重たい病気」と称して休んでいる、17歳の高校二年生だ。クラスメイトや教師たちは、唯華が長期入院していると信じ込んでいるだろう。まさか、その病弱な少女が数百万の構成員を擁する反政府組織の総統を務めているとは、夢にも思わないはずだ。彼らにとって、唯華はただの病弱な少女であり、この地獄の戦場とは無縁の存在なのだから。仲間との会話では、たまに「アホ」と呆れられるほど天然な一面を覗かせることもある。それは、この極限状態の中で、彼女自身を保つための、ささやかな均衡なのかもしれない。人間性を失わないための、唯一の拠り所だ。
唯華の身長は160cm前後と小柄だが、均整の取れたスタイルをしており、白い肌は硝煙で薄く汚れている。整った目鼻立ちに可愛らしい顔立ち。その容姿からは想像もつかないほど運動神経は抜群だ。あらゆる状況下で常に的確な判断を下し、敵を翻弄する。ナイフを使った白兵戦も得意とし、接近戦では敵は一瞬にして地に伏す。彼女の動きは、まるで訓練されたアスリートのようだ。普段はアサルトライフルを片手に、その小柄な体には不釣り合いな対戦車ライフルを背中に背負って戦場を駆ける。彼女のトレードマークは、漆黒の生地に銀色の装飾が施され、右肩から胸にかけて金色の飾緒が輝いている。さらに、漆黒の生地で作られた短めのスカートが身体にフィットしており、そのデザインは、彼女の細身の体躯を強調し、その冷徹な雰囲気を一層際立たせていた。
透き通るような黒髪ロングに長い髪に結ばれた紫色のリボンが風に揺れる。そして、その戦闘服の左腕には、赤い糸で力強く縫われた「新日本解放戦線」の文字。これらの特徴は、警察や自衛隊にとって、恐怖と憎悪の象徴と化している。彼らは彼女を「悪魔」と呼ぶ者さえいる。
唯華は、「新日本解放戦線」のリーダーとして、数百万の戦線を率いていた。幹部やその他の仲間たちからは、性別や年齢を超えて「ゆい姉!ゆい姉!」と慕われ、その存在は絶対的だ。彼らは唯華を信じ、彼女と共にこの地獄を駆け抜けてくれる。彼らの信頼は、唯華にとって何よりも重い。彼女の一言が、彼らの命を左右することを、常に意識していた。その責任感が、唯華の心を締め付ける。
唯華の立てる作戦は、常に警察や自衛隊の想像を超え、彼らはその奇策にいつも翻弄されてきた。それはまるで、舞い降りる天使が敵を無差別に殺戮するかのようだと、皮肉を込めて言われることもあった。唯華には、彼らが抱くその感情がよくわかる。彼女は、彼らにとっての「災厄」なのだから。そして、いつしか彼女についたあだ名は、史上最悪のテロリスト――
「「「「「「「死神。」」」」」」」
唯華と、新日本解放戦線の戦いぶりを見た者は、誰もが騒然とするだろう。
大都会である東京都心をはじめ、札幌、仙台、新潟、名古屋、大阪、広島、博多といった主要都市のビルが次々と崩れ落ち、街には爆撃音と銃声が響き渡る。街は業火に包まれ、その熱は遠く離れたこの屋上まで伝わってくる。道や建物の中には、新日本解放戦線の仲間、そして敵である警察や自衛隊の多くの血と、息絶えた人々の骸が埋め尽くされている。新日本解放戦線の戦闘員は全体の1割が戦死し、6割が重軽傷を負った。一方、警察や自衛隊は全体の2割が戦死し、6割が重軽傷という、まさに大惨事だった。そして、戦闘に巻き込まれて命を落とした一般市民は、実に150万人にものぼる。その数は、日本中に深い傷跡を残していた。彼らの無念が、唯華の心に重くのしかかる。
さらに、この事態を見計らったかのように、中国や韓国が一部の領土を占拠した。そして、これまで日本の安全保障を担ってきたアメリカ軍は、日本国内の基地から全軍撤退していった。かつての同盟国は、この内乱状態の日本を見限り、自国の利益を優先したのだ。日本は、完全に孤立し、荒廃の一途を辿っていた。
これほどの惨事を引き起こしても、新日本解放戦線は戦闘を止めない。なぜなら、彼らはこの理不尽な世界を恨み、この世界への復讐を誓った仲間たちと共に、真の日本を創るために戦っているからだ。それは、血塗られた道であることは承知している。しかし、この道を歩まなければ、日本に真の夜明けは訪れない。この国を、彼ら自身の手で作り直すしかないのだ。
唯華のことは、毎日メディアで取り上げられている。国家を揺るがすテロリストとして、彼女の顔は全国に晒されていた。報道は彼女を「冷酷非情な独裁者」「狂気の少女」とこき下ろす。総理大臣をはじめとした政府関係者やメディアの人間たちは、みな恐怖で震え上がっているという。当然だ。彼らこそが、この地獄を生み出した元凶なのだから。彼らが築き上げてきた欺瞞の歴史を、唯華は終わらせる。
そんな地獄を作り出した唯華だが、彼女には成し遂げなければならない、果たさなければならない使命があった。
それは、政府が隠蔽してきた医療利権や、国民の税金が不透明な形で使われてきた真実を暴くことだ。そこには、何人もの人々が非人道的な人体実験の犠牲となり、国民をマインドコントロールするためのワクチンや様々な薬品が使われていた。その犠牲者の中には、唯華の親友もいた。彼女は、ごく普通の家庭に生まれ、夢を追いかける明るい少女だった。しかし、ある日突然、謎の病に倒れ、政府が運営する「特殊医療機関」に収容された。唯華たちは必死に面会を求めたが、叶うことはなかった。数ヶ月後、彼女の遺体が「病死」として返されたが、その体には無数の注射痕があり、顔はまるで別人のようにやつれていた。唯華は、あの時の彼女の死が、政府の不正によるものだと直感した。怒りと悲しみが、彼女の心を支配した。
政治家たちは国民の血税を食い潰し、贅沢三昧の生活を送りながら、海外に莫大な金をばらまく一方で、日本国民は貧しい生活を強いられ、疲弊していくばかりだった。さらに、財務省による国民からの搾取は、止まることを知らなかった。彼らは、国民をただの「家畜」としか見ていなかったのだ。
メディアを弾圧し、これらの事実を隠蔽しようとした政府によって、真実を調べようとした何人もの人々が壮絶な不審死を遂げた。彼らは、決して病死などではなかった。権力に逆らったがゆえの、暗殺だったのだ。
唯華は、そんな世界を憎んだ。この国を恨み、失望した。当初は、自身の憤りをSNSやダークウェブで発信するに留まっていた。「この狂った世界を変えたい」と、ひたすらに書き連ねた。彼女の言葉は、最初は小さな漣だった。しかし、日を重ねるごとに、唯華の発言に共感してくれる人たちが増えていった。彼らもまた、唯華と同じように、この国の現状に絶望し、怒りを覚えていたのだ。唯華一人の声が、やがて巨大なうねりとなっていくのを感じた。
そしてある日を境に、唯華の心は大きく揺らいだ。「言葉だけでは何も変わらない」と、無力感に苛まれた。あの親友の死が、彼女の心に深く刻み込まれていた。その時、唯華の呼びかけに応じる声が、ダークウェブに集まり始めた。彼らは、それぞれの形でこの社会に絶望し、変革を求めていた。そこで唯華は、共に戦う仲間を募った。
公安警察によって何度もサイトは消された。それでも「共に戦いたい」と願う人々が後を絶たなかった。彼らは、顔も名前も知らない唯華を信じ、危険を顧みず集結してくれた。唯華に命を預けてくれる彼らの熱意が、彼女を突き動かした。そうして、彼らの「新日本解放戦線」は結成されたのだ。
初期メンバーは300人と、今の規模と比べれば少数だった。その頃は、多くのメンバーや幹部が公安警察に特定され、何人もの幹部が捕らえられた。唯華も何度か危機に瀕したが、その都度、仲間の犠牲の上に辛くも逃れてきた。あの時の苦い経験が、今の彼女を形成している。しかし、今の「新日本解放戦線」は、警察や自衛隊と互角に張り合えるまでに成長し、捕らえられていた多くの仲間を解放することができた。それは、彼らが一つになることで得た、紛れもない力だった。
この戦闘に、唯華は絶対に勝たなければならないという強い志があった。それがプレッシャーとなり、彼女の心の中では僅かな恐怖を感じることもあった。総統として、唯華は完璧でなければならない。彼女の失敗が、数多の命を奪うことを知っていたからだ。しかし、仲間のため、この唯華が恐怖に怯えている場合ではなかった。
もし、恐怖心を感じていると仲間に知られたら、どう思われるだろうか。唯華の弱さが、彼らの士気を下げることになれば、それは取り返しのつかない事態を招く。戦いに負けることよりも、仲間に見放されることへの恐怖が、唯華の中には常に付き纏っていた。彼らの信頼を失うことだけは、何としてでも避けたかった。彼らが唯華を「ゆい姉!」と呼んでくれる、その声が、何よりも彼女の弱さを浮き彫りにする。
「だって、仲間が死んでいく姿を何度も見ているのに……」
唯華は、双眼鏡を覗く手を下ろし、俯いた。視界が滲む。鮮明に蘇る、仲間の最期の顔。彼女の指示で、彼らは死んでいったのだ。
「本当に仲間が一人、一人といなくなると、どんどん心細くなっていく。いつも姉みたいに慕ってくれているのに。情けないね、ほんと。」
唯華は、一人悲しみに打ちひしがれ、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えた。人差し指で強く自分の目をこすり、掌で左右の頬を叩いた。パチン、と乾いた音が響く。その衝撃で、感情が切り替わるのを感じた。感傷に浸っている暇などない。彼女は総統なのだ。彼女が立ち止まれば、全てが終わる。
首から下げていた双眼鏡を胸元に戻し、腰にナイフとピストルとグレネードをしまい込む。背中に背負った対戦車ライフルが、ずしりと重い。アサルトライフルを手に取り、その冷たい金属の感触が、彼女の決意を新たにする。これから向かうのは、本当の地獄だ。
これが日本国内における最後の戦争であることを、唯華は空を見上げながら、胸に手を当てて涙ぐみながら願った。この血塗られた戦いが、本当に終わることを。そして、その先にある、新しい日本の夜明けを。それは、犠牲になった全ての人々への、彼女からの誓いだった。
30階建てのビルの階段を駆け足で一気に駆け下りる。地上に降りると、彼女がここまで乗ってきたジープが待っていた。運転席に飛び乗り、エンジンをかける。唸りを上げるエンジンの音に、唯華の鼓動も高鳴る。仲間たちが戦っている最前線へと、彼女は向かう。彼女の指揮が、彼らを勝利へと導く。
そうして、彼ら「新日本解放戦線」の物語は始まった。




