雨乞い難民
惹きこまれるように入った路地裏の小さなバー。薄暗い店内には独り客がちらほら。
私と同じ終電難民だろうな。
もっとも私は、わざと終電を逃したのだ。今夜はちっとも酔えなかったし、なんだか喉がひどく渇く。それに一人の部屋に帰りたくなかった。
「どうぞ」
落ち着いた声のマスターが、私の前に空のグラスを置き、底が見えなくなるまで白砂を注いだ。
戸惑う私にマスターは、
「砂嵐が起こりますから、見逃さないでくださいね」
グラス内で風に煽られた砂粒が飛び、みるみる砂嵐になった。目を凝らすと乱舞する砂の中に、先日亡くなった恋人との懐かしい日々が次々と浮かんでは消えていく――
「航……」
二人して会社を辞め夢を叶えようと起業した矢先の余命宣告。看病と仕事の日々は瞬く間。心配させまいと最期は笑顔を作って送ったが、その笑顔は今も私に張りついたまま。
砂の向こうの航はふわりと微笑むと去っていった。
静まった白砂だけの、がらんとしたグラス。
ぽつり落ちた雨が白砂に染みを作る。雨脚が次第に激しくなり水が溜まる。
気づけば私の頬には、とめどなく涙が流れていた。
店のあちこちから抑えた泣き声が聞こえる。
思う存分、泣いていいんだ。
滲んだ視界に、窓際の客のグラスにかかった虹が、ぼんやりと見えた。
了
今回はショートショートによくある「不思議なお店」設定で、喪失体験のお話になりました。
2月28日 この作品、主催者による「毎週ショートショートnoteセレクション」に選んで頂きました。毎週2作選ばれるのです。嬉しいです! ありがとうございます!
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