拾い拾われ
ある日、森を歩いていると一人の女が行き倒れていた。面倒だな···と思った。
ここは森の奥深くだから、まず人はいないだろうが···万が一にもこんな場面を見られていたら、あらぬ疑いを掛けられてしまう。
取りあえず、人目につかない所へこの女を動かさねば···そこまで考えた直後、俺はピンときた。
この女は使える。
かつて俗世間にいた頃に溜まった鬱憤を晴らす道具として、だ。
奴等は、俺を人として扱わなかった。
俺だけじゃない、仲間たちも───いや、よそう。
もう終わったことだ、まだ振り返るべきじゃない。
それよりも、問題はこの女だ。
純白の、かなり上等な服に身を包んでおり、それなりの地位をもっていることが分かる。
しかもスタイルもいい。胸はやや小ぶりだが、すらりとした体は魅力的だ。
極め付きは、顔だ。泥で汚れてはいるが、俺がこれまでに見た中では一番の美人。
俺の初“虐待”の餌食となるのが、ここまで上物とは···昂ってきたぜ。
さて、まずはこの女を家へ運ばねーと···軽っ。
碌に飯を食ってないのかと、疑うくらいに軽い。
まあ、運ぶ側としてはありがたい。
森の中には危険なモンスターも多いから、人間一人を横抱きにして出歩くのはキツい。
でもこの軽さなら問題ないな。
はい到着。
俺が連れ帰った先は、一軒のログハウス。
俺の魔術で木を伐採したり組み上げたり、なんやかんやで造りあげた我が家だ。
家に入り、俺のベッドに丁寧に寝かせた。
目が覚めたら見ず知らずの異性のベッドで寝ているという状況···俺が女だったら鳥肌モノだ。
マジで気持ち悪ぃ。
だが俺は人の心など、とうの昔に捨てている。
罪悪感なんか一切感じないし、異性を家に連れ込んだからといって、断じてドキドキなぞしていない。していない。
···数分経つと、女が目を覚ました。
なぜ自分はこんな所にいるのか分からず、戸惑っているのだろう。
「起きたか」
「っ···あの、あなたは?」
「俺は···そうだな、虐待人とでも名乗るか」
「虐待···!?······分かり、ました」
分かりました、だと?
随分といい度胸をしている。
それとも、死んだ方がマシだと思えるような苦痛を味わうことになると、予測できていないだけか。
まあいい。
「ふん。まずお前には、熱湯に入ってもらう」
「熱湯···分かりました」
“分かりました”しか言えないのか、こいつは。
クソッタレ。生意気なやつだ···。
精々、苦しむがいい。
「ふむ···よし、いい湯加減だな。おら、さっさと服脱いで入れ。着替えは置いておく。ブカブカだろうがな」
「え?これは熱湯じゃなくてお湯──」
「はよ入れ」
「はい······?」
うむ。煮えたぎる湯を前にして怯えているな。
いい反応だ。
「なんで···?」という声が浴室──もとい熱湯拷問部屋から聞こえてくる。
「なんでこんな酷い仕打ちを受けなければならないの···(泣)」とか思っているんだろう。
はーっはっはっは!!
あ、一応言っておくが、俺は女の着替えや入浴シーンは見ていない。
俺は虐待人という名の紳士だ。
ただの下衆じゃない、特級クラスの虐待人は、覗きなどというせせこましいマネはしない。
女が拷問を受けている間、俺は“あるモノ”を準備した。
その後リビングに戻って瞑想をしていると、女がふr···熱湯拷問から上がってきた。
よし、泥汚れはキッチリ落としているな。ククク。
「ありがとうございました。いいお湯でした······ですがあの、水は希少なのではないでしょうか?近くに川が流れているのですか?」
「川は無い。あの熱湯は、俺が魔術で出したものだ」
「いや、あれはお湯───えっちょ!?あなた様は魔術使いなのですか!?」
「······それより、次はこれを食え」
そう言って俺が出したのは、柔らかめに茹でたうどんに卵を割り入れたモノだ。
俺はやや固めのうどんが好きなのだが、あえて柔らかめのうどん(消化が良い)を出すという虐待!
オマケに、具は卵だけだ。ほぼ具なしという虐待!
「······おいしい。グスッ、あったかい······」
余りに粗末な食事を出され、女はとうとう泣き出した。しかし食べるのはやめない。
余程腹が減っていたのだろう。
「食い終わったか。それなら、とっとと寝ろ」
睡眠は大事だ。
疲労しきった虐待対象を長くもて遊ぶために、な。
当然、ベッドで寝かせる。
「わ、私は床でも十分ですっ!」
「いい。おまえはベッドで寝るんだ、口答えするな。明日からも“虐待”してやるから覚悟しておけ」
「······分かりました。これが虐待なの···?」
明日からの虐待も愉しみだ。おやすみなさい。
◆◆
「──ヘルガ・シルヴァ。貴様は聖女という身分にありながら、国家への反逆を目論んだ。よって、後日に死刑を執行する」
どうして?
「──貴様には失望した。これでは、貴様を聖女として祭り上げた我々の面目も丸つぶれだ」
どうして?
「天国にいる父母らも嘆いているだろう。まさか娘が、国家反逆罪に処されることになろうとは」
どうして──?
この世に生をうけて17年。聖女の力に目覚め、国や民へ奉仕の限りを尽くして7年。
これまでに培った──培っていたと信じていた──信頼をかけて、必死の弁明を試みた。
しかし、王族や貴族は誰一人として私の言葉を信じない。
私は、強大なナニカによって貶められていた。
そのことに気づいた私は、警備の間隙を縫って脱走。
幸い、外に対する防護こそ強固だったが、内からの脱走に対しては甘かった。
王宮は刑務所とは違い、囚人の脱走を考慮した設計ではなかったのだろう。
王都からも脱出し、ひとまず命の危険からは脱せたが、王都の外はモンスターの蔓延る危険地帯。
夜の森は本当に恐ろしかった。
どこかで獣が吠え、正体不明の何者かが茂みを揺らす。夜の冷え込みもあって、私は心身ともに急激に疲弊していった。
昼も夜も眠れず、飲まず食わずで森を彷徨ってから、まる二日は経ったころか。
ぬかるんだ泥道に足を掬われ、斜面を滑落した。
といっても、大した怪我を負ったわけではない。
精々が擦り傷程度だった。
だけど
ぷつり、と“糸”が切れてしまって。
いつの間にか、私は気を失っていた。
「起きたか」
これが、私が彼と出会うまでの出来事。
“虐待人”なのに、とっても優しい彼と。