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8-8

(この院内で、誰にも邪魔されず戦える広い場所。それも屋外となると……ヘリポートか!)


 ここへ来た時ヘリが降り立った屋上へ私は直行し、ヘリポートへ続くドアを勢いよく押し開けた。そして外へ飛び出した私に、猛烈な雨風が真っ向から吹きつける。さっきから続いていた雷雨が更に激しさを増し、嵐さながらの様相を呈しているのだ。目に水が入り視界がぼやける中懸命に目を凝らすと、果たして雨粒の叩きつけるヘリポートの中央に美夢さんと旋風が向かい合って立っていた。


「美夢さん!」


 私が思わず声をかけると、美夢さんは驚いたようにこちらを振り向いた。


「香織さん! 来てしまったのですか? 危ないですから下がって……」


 と、言いかけて少し口をつぐむ美夢さん。いつもはボサボサの髪が雨で貼りついて、何だかいつもの美夢さんじゃないみたいだ。


「……いえ、やっぱり見ていてくれますか? わたしの最後の戦いを」


「えっ」


 最後の戦い。その言葉に込められた妙な含みに、私は胸がざわついた。私を狙う黒幕は突き止めた。殺し屋を率いていた旋風ともここでケリをつける。戦いはこれで最後……そういう意味だよね?


「美夢さん……ねぇ美夢さん!」


 不安に駆られて彼女の名を呼ぶ私の声は、不意に轟いた雷鳴にかき消された。それを合図とするかのように、美夢さんがジャージの上を脱ぎ捨てる。黒のタンクトップから伸びるたくましい腕の上で雨粒が跳ね、肌に刻まれた龍と虎の刻印が稲光に照り映える。対する旋風は濡れた黒装束の重みを物ともせず、両手を前に突き出して深い呼吸を繰り返している。戦うための気を練っているのだ。


「……いざ」


「尋常に」


 美夢さんがいつもより些か前のめりに構え、初手の踏み込みに備える。旋風もまた猛牛のように後足で地を踏み締め、突撃の態勢を整える。雨はとめどなく降りつけ、水の粒が風に巻かれて空中に渦を巻く。達人二人の間に走る緊張は臨界点に達し、とうとう爆発する。


「「勝負!!」」


 同時に言い放ち、美夢さんと旋風が地を蹴って飛び出す。双方とも尋常ではないスピードの踏み込みを見せ、その距離は一瞬にして詰められた。


「ぎええええええええええいっ!!」


「オオオオオオオオオオオオッ!!」


 雄叫びと共に美夢さんが打点の高い足刀蹴りを繰り出す。対する旋風はそれを屈んでかわすやそのまま身を捻って美夢さんの懐に入り込み、回転の勢いそのままに低空の肘打ちを打ち込んだ。


「ぐおっ……!?」


 美夢さんが悶絶して体がくの字に折れる。射程内に落ちてきた彼女の顎を、旋風が追撃の裏拳でかち上げる。痛烈なコンビネーションが決まり、美夢さんが跳ね飛ばされて尻餅をつく。


「……まだまだっ!」


 すぐさま立ち上がる美夢さん。今度は打ち下ろすような手刀から入り、旋風と手技の応酬が始まる。


「てやっ!……とああ〜〜っ! せいっ!」


「フンッ! ハアッ!……シェアッ!」


 一方が攻撃すればもう一方がそれを捌いて反撃につなげ、また一方が防いで相手の虚を突く技を繰り出す。至近距離での目まぐるしい攻防に、私はただ圧倒される。


(す、凄い戦い……!)


「シッ……!」


 間隙を縫った旋風の掌底が美夢さんの顔面を捉え、美夢さんの鼻っ柱が潰れて鼻血が噴き出す。


「ぬおっ……でえいっ!!」


 危うく立ちくらみを起こしかけた美夢さんだったが、ギリギリ堪えて旋風のこめかみに両側から掌を打ち付けた。急所を的確に打たれ、旋風もまた目の焦点がブレる。


「ぐぐぐ……ヅアアッ!!」


 歯を食いしばって意識を繋ぎ止め、旋風が気合いの正拳突きを放つ。その拳は美夢さんの右の肩口に突き刺さり、デリケートな鎖骨がへし折れる音がした。


「あがあっ!?」


 美夢さんが肩口を押さえて悲鳴を上げる。その隙を逃さず、旋風が追撃を加えようと拳を振りかぶる。


「あがが、ぐっ……ぜやあああああっ!!」


 と、美夢さんが足を揃えて飛び上がり、体全体を投げ出すようなドロップキックを放った。美夢さんの身体能力を活かしたその攻撃は旋風の意表を突き、両の靴底がその顔面に叩き込まれる。これには旋風も堪らず後退し、頭を振って視界のくらみを払う。その間に美夢さんも呼吸を整え、骨折の痛みに体を慣らしていく。


「クフッ……ハハハ! いいぞ林美夢、流石は古の少林拳を受け継ぎし者。これこそが我の望んだ戦いだ!」


「ハァ……ハァ……あなたの望みなど知りません。あなたを倒して香織さんを守り切ること、それがわたしの最後の使命……美夢の美しき夢です!!」


 ほんのニ、三言を交わす間に美夢さんと旋風は態勢を立て直し、ハイスピードの攻防を再開する。最高潮に達した両者の闘争心が空気を震わせ、衝撃が雨のベールを突き抜けて私の方にまで届く。


(見てるこっちに震えが来る。これが達人同士の立ち合いなんだ。美夢さんか強いのはもちろんだけど、恐ろしいのは旋風だ。武器を使わない徒手空拳の勝負で美夢さんと互角……いや互角以上にやり合えてるのが恐ろしい。血影衆随一の殺手を名乗るだけあって、やっぱり強い!)


「フン!!」


 美夢さんの手刀を防いだ旋風が反撃の掌底を繰り出す。先程と同じように美夢さんの顔面を潰す軌道だったが、美夢さんは土壇場でのけぞってそれをかわした。


「ちょいやあっ!!」


 鼻先スレスレを通過した旋風の腕を美夢さんが掴み、のけぞった反動で投げ技に繋げる。巨岩のような旋風の体が、掴まれた腕を軸に宙を舞う。だが地面に落とされる瞬間、旋風は素早く体勢を入れ替えて荒々しく着地。逆に美夢さんの腕を掴み返して豪快な一本背負いを返した。


「ドオッ!!」


 裂帛の気合いと共に技が決まり、美夢さんが背中からコンクリートの上に叩きつけられる。


「がっ……はぁ……!」


 水溜まりの上でのたうち回る美夢さん。背中だけではなく腰や後頭部にも衝撃が及んだのか、全く起き上がれそうにない。


「美夢さんっ!!」


 私は思わず叫んだが、彼女にその声が聞こえているのかすら覚束ない。雄叫びの途絶えたヘリポートに、雨音が一際大きく響き渡る。


「……ここまでか」


 旋風は立ち尽くしたまま美夢さんを見下ろしている。いつしか彼の(いかめ)しい顔の上にも雨水が幾筋も流れ落ち、まるで涙を流しているようにも見えた。


「感謝するぞ、林美夢。わずかな時間だが、我が人生においてかつてないほど昂揚する戦いであった」


 彼の言葉に皮肉や虚飾の色は感じられない。以前現れた時も美夢さんに対して露骨に興味を示していたし、本当に美夢さんと勝負がしたかったんだろう。


《つづく》

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