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8-7

 とにかくむちゃくちゃに暴れる私。それを見て旋風がフッと笑みを漏らした。それは私の足掻きが滑稽に見えたからか……それとも何か私の知り得ない感情が動いたのか。


「勇敢な娘よ、お前を殺すのは後だ。我の闘気を嗅ぎつけて……奴が来ている」


「えっ……?」


 旋風に言われ、私は我に帰る。冷静になったその耳に、廊下を踏み鳴らすけたたましい足音が響いて来た。ドアの向こう、この部屋へ向かう通路を誰かが走って来ているのだ。


(まさか……そんな、嘘でしょ!? でも、もしかして……もしかして!)


 否応なく高鳴っていく胸の鼓動。それと呼応するように足音はどんどん大きくなって行き、とうとう私の目の前のドアが轟音と共に蹴破られた。


「香織さん!!」


 美夢さんだ。ボロボロに傷つき気を失っていた筈の美夢さんが、私のピンチにまたも駆けつけてくれた。その必死な顔に、私は思わず胸がいっぱいになる。


(本当に……本当に来てくれた。美夢さん、あなたって人はいつも……いつでも、私を守ってくれるのね)


 溢れ出て来る涙を隠すように、私は思わずそっぽを向いてしまう。でも、本当に嬉しい。美夢さんが来てくれるだけでこんなにも安心する。生命の危機に変わりはないのに、勇気が出て来るんだ。


「美夢さんっ、これ!!」


 私は足元に転がっていたヌンチャクを思い切り蹴飛ばし、美夢さんの方へ寄越した。ありがとう美夢さん。これのおかげで私もちょっと戦えた。でも、ここからはまた頼りにさせてもらうね。


「こいつが黒幕、私の兄! それと見ての通り旋風が来てる! 美夢さんお願い……決着をつけて!!」


「心得ました!」


 美夢さんがヌンチャクを拾い上げ、旋風に向けて突進する。


「ぎええええええええええいっ!!」


 捕まっている私を避け、打点の高い飛び蹴りが放たれる。風のように速いその一撃を旋風は片腕で楽々とガードし、空いた手で私を突き飛ばして本格的に美夢さんの方へ応戦する。


「待っていたぞ林美夢!」


 歓声にも似た声を上げ、旋風が反撃の回し蹴りを繰り出す。脚絆に包まれた丸太のような脚が一閃し、風を巻いて美夢さんの脇腹に叩きつけられる。


「ぐっ……がはっ!」


 美夢さんの顔が歪み、口から血が漏れる。


(美夢さん!? やっぱりダメージが残ってるんじゃ……いや、多分違う。旋風が強いんだ。今の一撃だけで美夢さんが内臓を痛めるくらい、旋風のキックが重いんだ!)


 血影衆の殺手の中でも明らかに別格感を醸し出していた旋風……恐らく今までで一番の強敵だろう。でも美夢さんだって負けていない。即座に体勢を立て直し、ヌンチャクを振るって旋風の頭部を狙う。


「フン!」


 旋風が気合を発し、叩きつけられる棍を腕でガードする。まともに受ければ青あざでは済まない筈の攻撃を素手で防ぐとは流石に殺手だ。しかし美夢さんの狙いは別にある。


「でやっ!!」


 旋風のガードが上がった隙を突いて、彼の脛に鋭い下段回し蹴りを叩き込む美夢さん。そして虚を突かれ体勢を崩した彼の側頭部をめがけ、関節を返して上段回し蹴りを放つ。得意の二段蹴りが鮮やかに決まろうというタイミングだったが、旋風はすんでの所で二段目の蹴りをガード。


「シェアッ!!」


 そして不安定な体勢からアッパー気味の拳打を放ち、美夢さんを大きく突き放した。


「うぐっ……ううっ!」


 美夢さんは咄嗟にヌンチャクをかざし直撃を避けたみたいだけど、たたらを踏んで後退するその足元は覚束ない。私がハラハラしながら見守っていると、美夢さんはジャージのポケットから何やらビニール製のパックを取り出し、キャップを外して吸い付いた。見るとそれは病院で使う輸血用の血液と、点滴の栄養剤だった。


「えっ、み、美夢さん!? 何やってんの!!」


 思わず突っ込んでしまう私の前で、美夢さんはゼリー飲料でも飲むようにパックの中身を吸引し、喉を鳴らして飲み干した。ぶはーっと息を吐くその顔が、心なしか血色を増していく。常軌を逸した光景に私が絶句していると、同じくそれを見ていた旋風が「ハハハハ!!」高笑いを発した。


「面白い! 貴公が我らを相手に休まず戦い続けられた理由がわかったぞ。肉体の損傷は呼吸法により増強した回復力で瞬く間に治癒する……必要なのは睡眠と栄養補給のみというわけか。まこと面妖な。少林拳とはかくも人智を超えるものなのだな。古の英雄たちが誇った武勇の数々にも得心がいくわ」


 そう言う旋風の顔はどこか嬉しそうで、美夢さんとの戦いを楽しんでいるように見えた。一方の美夢さんはエネルギーチャージを終えるとパックを床に放り捨て、改めて半身に構え戦闘態勢を取った。その表情には少しの緩みもなく、旋風とは逆に深刻そのものだ。


「極限の連戦になるのは目に見えていましたからね。あなた方が小手調べをしている間に、わたしも気功の練習をし直して肉体を強化していたまでです。おかげで旋風、あなたを倒すだけの余力は確保できた」


「素晴らしい。全力の貴公と拳を交えられること、心から嬉しく思う。こんな狭苦しい場所で決着をつけるのが惜しくなったわ」


 そう言って旋風が構えを解く。


「表へ出るぞ。ここは仕切り直して、心ゆくまで戦おう」


「……いいでしょう」


 美夢さんも一度殺気を引っ込め、後ろ手にドアを開けて廊下へ出て行く。続いて退室していく旋風の背中に向かって、翔瑠お兄様が「おいおいおい!!」と声を荒げた。


「遊んでんじゃないぞ旋風! そんなアホはほっといてさっさと香織を殺せ!! 聞いてんのかオイ……こっちは金払ってんだぞわかってんのか!?」


 そんな翔瑠お兄様の抗議は旋風にも美夢さんにも全く届かず、二人は足早に歩き去って行くだけだった。


「クソッ……どいつもこいつもオレをバカにしやがって! こうなったらいっそオレ自身の手で……!」


「……」


 よからぬ独り言がだだ漏れの翔瑠お兄様の背中を見ながら、私は室内を見渡して適当な得物を探す。そして棚の上に置いてある良さげな瀬戸物の壺を両手に取り、


「鈍器ッ!!」


 メメちゃんの真似をして翔瑠お兄様の後頭部に叩きつけた。


「ぐぎッ!?」


 壺が粉砕される快音と共に、翔瑠お兄様の体がビクンと跳ねてそのまま床に倒れ込む。完全に伸びてしまった彼の手元を覗き込むと、懐から出しかけの拳銃がその手に握られていた。


(ふう! 危ない危ない……我が身内ながら本当にろくでもないな。でもまあ美夢さんが放置して行ったってことは、美夢さんの目から見てもお兄様なんか私の敵じゃなかったってことかな。なんか自信ついたかも!……ってスッキリしてる場合じゃない! 美夢さん大丈夫かな……)


 念のためお兄様の手から拳銃を取り上げて自分のジーンズのポケットに差し込むと、私は美夢さんの後を追って部屋を走り出た。これから始まるのは達人同士の決戦だ。私のような一般人が行った所でどうなるものでもない。でも行かずにはいられない。できることが何もなくても、この戦いを……私の因果が引き起こしたこの戦いの結末を見届けなくてはならない。そう思ったのだ。


《つづく》

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