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8-3

「香織さん? ……手が熱いです。眠たいのですか? 寝ぐずりするタイプだったんですね……意外です。でも可愛い。ふへっ、ふえへへへへ……」


「ひぐっ……ぐずっとらんわ!! ほんと最悪……っ」


 すぐキモくなる美夢さんを叱責し、私は大きく鼻をすすった。全く、折角いいこと言ってくれたのにこれじゃいつもと変わらないじゃないか。てか寝ぐずりって……美夢さんもしかして私のこと幼児だと思ってる?


「……すみません」


 憤慨する私の頭を、美夢さんの長い指が撫でる。その次に彼女が言った言葉に私はハッとした。


「一人寝が辛い時だって……ありますよね。やっぱり、あのうさちゃんは香織さんに返した方が……」


「えっ」


 うさちゃん。前に私が、私と美夢さんの最初の出会いについて尋ねた時に、美夢さんがヒントとしてくれた言葉だ。このキーワードに全く心当たりがなくて半ば考えるのをやめていたけど、今また美夢さんの口から同じ言葉が出て来た。やっぱり彼女にとっては重要なことらしい。


「わたしの、支えでした。おかげでわたしは十年に渡る苦行も乗り越えて……ぐう」


 それだけ言い残して、美夢さんの首がカクンと落ちる。また寝落ちてしまったようだ。


(うう~~~、そこんとこ詳しく聞きたかったんだけどなぁ!? 寝言みたいにむにゃむにゃ言われても情報が完結しないよ美夢さん。うさちゃんって結局何? 私が美夢さんに渡したってこと? 駄目だ全然覚えてない……私うさぎ的な何かグッズとか持ってたっけかぁ? そもそも私、犬派だし!)


 美夢さんの独白の続きが聞きたい。でも意識を飛ばした怪我人を揺り起こしていいものか……私が逡巡していると、横で見ていたメメちゃんがくすんくすんと鼻をすすり始めた。


「ふえぇ……よくわかんないけどいい話っぽいねぇ。凄いドラマを感じる……背景知識とかないから細かいとこわかんないけど、なんか泣けてちゃうねぇ」


 こ、こいつ人の人生を切り抜き感覚で楽しんでいやがる。全くしょうがないな現代っ子は。


「でもまあ、ウチもスッキリしたかも。かおってなんかミステリアスっていうか、お腹の中を見せない感じがあるなぁって思ってたんだけど、苦労してたんだねぇ」


 メメちゃんまで私の頭をよしよしと撫でて来る。私は照れると同時に、何だか申し訳なくなってしまう。


「メメちゃん……怒ってないの? 私、メメちゃんや愛梨ちゃんを戦いに巻き込んで……実際危険な目に遭わせたのに。なんでそんな優しいの……?」


「ああ、それね!」


 私の不安そうな顔を見かねてか、メメちゃんがかがみ込んで私にぎゅ~~と抱き着いて来た。


「ほんっと冗談じゃないって思ったよ。でもね、ウチとしては……かおがそこまでしてウチと遊びたいって思ってくれたことにキュンキュンしちゃってるんだよね」


「なっ……!」


 何言ってんだこの子。キュンキュンってお前。


「だってそうじゃん。普通、ただの友達と命かけてまで遊びたいと思う? それにウチが危険になったらちゃ~んと守ってくれたし。親友……なんでしょ?」


 言ってるメメちゃんの顔が、照れてほんのり赤くなっている。聞いてる私も多分同じだろう。


「……うん、そうだよ。私、メメちゃんに嫌われたくなかったんだ。巻き込まないって決めてたのに……親友だからどうしても失いたくなかった。自分の命と天秤にかけてもいいくらいだったの。ごめんね……自分勝手で、本当にごめん」


 良い匂いのするメメちゃんの体をぎゅっと抱き締め返し、私はまた少し泣いた。


「いいよぉ! それにもうウチと愛梨ちゃんは事情を知っちゃったわけだから、次からは相談してくれるでしょ? てかウチが見逃さないし! ねぇ、愛梨ちゃんだって同じでしょ?」


 メメちゃんが私をハグしたまま目線を上げ、愛梨ちゃんに水を向けた。愛梨ちゃんは膝で寝てる美夢さんの髪を梳きながら話を聞いてたけど、話を振られると「ええ、もちろん」と微笑んでくれた。


「ただ」


 と思ったら、愛梨ちゃんの笑顔に若干の険が走った。


「あたし的には今回の作戦とやらはちょっといただけないわね。友情を大事にするのと殺し屋から身を守るのを両立するためにさぞ色々考えたんだろうと思うけど、恐らく考えすぎ。手段が目的化してるって言うか、聞けば聞くほど当初の目的を見失ってる感が凄いわ。もうちょっと何とかならなかったのかしら」


「うぐっ」


「あとは倫理的な問題ね。あたしは大人だからギリ許すとしても、敵が来るとわかってる場所にメメちゃんまで引っ張って来たのは流石にライン越えでしょ。美夢さんの力を信じてたのか、自分が体を張ればどうにかなると思ってたのか知らないけど、まあ香織ちゃんのことだからその辺は思考停止してたんでしょうね。メメちゃんがあなたのこと大好きで良かったわねとしか言えない。正直どうかと思う。常識を疑うわね」


「うぐぐーーーっ!!」


 立て板に水と繰り出されるダメ出しの数々に、たまらず悶絶する私。


「か、かお! ウチは大丈夫だから! 全然気にしてないから! も~愛梨ちゃんなんでそんな意地悪言うの!?」


 メメちゃんが慌ててフォローしてくれるけど、愛梨ちゃんの言葉は思いの外私に刺さっていた。


「そんなに、そんなに言わなくても! 私だって一生懸命考えたのに……ううん、違うね。言われて当然だね。私、自分勝手でわがままな上に独りよがりだったもん。美夢さんにまでこんな無理させて、馬鹿だよほんと」


「かお~……」


 意気消沈する私の背中をメメちゃんが慰めるように擦ってくれる。すると愛梨ちゃんはすっと手を伸ばして、同じように私の背中を撫でてくれた。それは慰めとも愛撫とも違う、労いと言える手つきだった。


「ま、結果は全員無事に済んだわけだし……保健の宮本先生としてのお小言は以上にしようかしらね。友人の宮本愛梨として言わせてもらえば、香織ちゃんに意外と温度高い一面があるのがわかって良かったかも。メメちゃんを助けた時、かっこよかったわよ?」


「あっ、あれはメメちゃんが先に助けてくれたからっ!」


 急に褒められて、私は咄嗟に謙遜してしまう。さっきから感情が乱高下しておかしくなりそうなんだけど、この状況は喜んでいいんだよね? 私、思ったより幸せ者だったりする……のかな?


「ううう、もうわけわかんない。でも……ありがとね、二人とも」


 とりあえず今は素直に感謝を述べることにした。ずっと胸につかえていた思いが解き放たれて、とても清々しい気持ちに変わっているのが事実として嬉しいのだから。


「美夢さんもありがと」


 気が乗った私は、寝息を立てている美夢さんの唇を指先でぷにっとつついて感謝の印とした。美夢さんに関してはもう、一番のありがとうだ。てか唇やわらかっ。何も塗ってないのにぷるっぷるかよ。


「まあ奥ゆかしいこと。いっそキスでもしちゃえばいいのに」


 愛梨ちゃんが馬鹿なこと言ってるのは無視するものとする。


「だっ、駄目! かおの唇はウチ以外絶対不可侵! ねぇかお~、そう言えばウチ美夢さんのピンチを救ったんだけど、ご褒美チューとかないのぉ~?」


 横からはメメちゃんがあざとくアピールして来てるけど、それはまた今度ね。


「そう言えば救急車はまだなの? 愛梨ちゃんさっき呼んでくれてたよね?」


 美夢さんは前言ってた気功の働きなのか出血は止まってるみたいだけど、衰弱しているのは間違いない。早く病院に送り届けないとちょっと心配だ。私の問いかけに愛梨ちゃんは「ええ」と頷いたけど、すぐ何かに気付いて「あっ……」と気まずそうな声を上げた。


《つづく》

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