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8-1

 私の話をさせて欲しい。


 私の名前は無道院香織。兼道という姓は通り名だ。一介の女子高生に過ぎない私が通り名なんてものを持っている理由は、私が生まれた無道院の家にある。


 無道院家は、一言で言えば日本の政財界を裏で牛耳る大財閥だ。明治維新で活躍した長州藩士をルーツに持ち、時の総理大臣や警視総監なんかと太いパイプで繋がりながら戦争や大不況を生き延びて来た。


 そんなしたたかさに裏打ちされた無道院家の企業戦略は、苛烈そのもの。敵対する企業や組織をあらゆる手で叩きのめし、踏み台にしてのし上がっていく徹底した弱肉強食が信条だ。そんなやり方を糾弾しようとした外部の社長やジャーナリストが陰謀で破滅させられたという噂も数えきれないほどある。今日まで続く我が家の栄光は、大勢の人々の血を啜りながら築き上げられたものだ。


 そんな無慈悲な気質は、対外的なことだけではなく一族の内部にも及ぶ。家長である当主を頂点とした絶対のヒエラルキーが存在し、上の言うことに下は絶対逆らえない。いや、どちらかというと「上」に居る者の方が虐げるべき「下」を常に探していると言った方が正しい。そうすることで支配者としての素質が磨かれていくと信じて疑っていないのだ。


 私は今居るここよりずっと西にある無道院の本家に生まれた。現当主である父の「下」には姉が一人、兄が二人、そして干支一周以上も歳が離れて私が居る。四人きょうだいの末っ子として生を受けた私の運命は悲惨だった。物心ついた頃から姉や兄たちに代わる代わる殴られ、蹴られ、罵られ、とても人には言えないような仕打ちも数多く受け、尊厳を踏みにじられる毎日だった。日頃から父による抑圧に耐えていた彼らにとって、歳の離れた妹なんてものは格好の遊び道具だったのだ。


 父はどういうわけか私にまるで興味を示さず、母に至っては居るのかどうかすら聞かされていない。使用人たちも姉らの顔色を窺ってか私を避けるばかりで、同情して世話を焼いてくれたのは向坂さんただ一人だった。結局、上のきょうだいたちが勉学やスポーツ、芸術など多岐に渡る教養を身に着け令嬢や御曹司として育っていく中、私は義務教育のみを粛々と終えて何の取り柄もない子どもになった。


 その義務教育というのも曲物(くせもの)で、地元では無道院家の悪評が鳴り響いているため学校では友達が全く出来なかった。クラスメイトがどうこうではなく、彼らの親が私との関わりを禁じてしまうのだ。まあ逆に教師たちは私に対して及び腰で、色々と便宜を図ってくれたので楽な面もあったんだけどね。そんなずる賢さも適宜発揮しつつ何とか苦痛に耐えて来たけど、元より私の生きる世界に私の居場所はなかったのだ。


 だから私はそんな世界から逃げた。先代の当主だったお祖父様に取り入り、家から遠く離れた土地の高校に入れてもらった。通り名を使って生まれを隠し、寮暮らしという自由を手に入れ、普通の女子高生として一年間を生きた。そこでメメちゃんや愛梨ちゃんのような友達も出来て、本当に幸せだった。


 でも、お祖父様の遺産が私に転がり込んで来るという事件が起こった。企業としての無道院家の財産とは別に、お祖父様が誰にも渡さず抱え込んで来た個人資産……総額120億円にも上るその資産が全て金塊に替えられニューヨークの貸し金庫に預けてあるらしいと、以前からまことしやかに語られていた。その幻の金塊の所有権がまるっと私に譲渡されたのは、思うにお祖父様なりの感謝の気持ちだったのだろう。或いは、自分が当主の座から降りるや見舞いにも来なくなった息子や親類縁者より、最晩年に話し相手になってくれた孫娘に全てを託したいと思ったか。いずれにせよ、この老人が最後に見せた“我”のために私は身内から殺し屋を差し向けられることとなったので完全にありがた迷惑だ。その一方で、これはお祖父様の孤独に付け込んで甘い汁を吸った悪行の報いかもしれない……そんな風にも思えてならない。


 そこからは後は美夢さんと出会って、殺し屋と戦って、お互い無茶をしまくって今に至る。美夢さんと南風の戦いが終わって静けさが戻ったプールエリアで、私は以上のような身の上をメメちゃんと愛梨ちゃんに全て打ち明けた。


「……と、そんな感じ、です」


 私は俯きながらチラチラと目線を上げ、二人の反応を窺った。


《つづく》

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