1-9
「あがっ……!」
こめかみをしたたかに打ち据えられ、刺客がたちまち死に体になる。すかさず林美夢が攻勢に転じる。
「ぎえええええいっ!!」
無防備なみぞおちに下段突き。
「やああああああっ!!」
首を刎ねるような勢いで連続チョップ。
「どおりゃあああああああっ!!」
とどめとばかりの飛び回し蹴りが、刺客の頭部に叩き込まれる。見てるこっちがぞわっとするような、凄い猛攻。
「うぐっ……がふっ、こ、の……っ!」
うめき声を漏らして林美夢を睨みつけ、刺客が前のめりに倒れる。狂気とも思えるファイトを見せた彼女だったが、とうとうノックアウトされたのだ。
「はぁ……はぁ……や、やりましたぁ」
肩で息をしながら、林美夢がこちらを振り返る。鬼気迫る様子はなりを潜め、ふにゃっと緩んだ表情で微笑んでいる。よく見れば蹴られた衝撃で鼻血を垂らして、それがなんだか子どもみたいで私は可笑しくなってしまった。
「はい、これで拭いて」
私がハンカチを差し出すと、林美夢は「えっ、ああ」と恥ずかしそうに受け取り、鼻の周りをぐしぐしと拭った。てか二度も助けてもらっちゃったし、流石に美夢さんって呼ばなきゃかな。
「……死んじゃったかな? その人」
私は動かなくなった刺客の体をおっかなびっくり覗き込む。あれだけボコボコにされたんだもん。普通の人間なら痛いで済むわけないけど。
「多分、手当てをすれば命は助かるんじゃないでしょうか。この人は特別な訓練を受けているようですし……何度も致命打を外された感覚がありましたから。こんな戦闘のプロがどうして香織さんを狙って来たのか……本当に謎ですよ」
拳法家の美夢さんがそう言うなら、やっぱりこの人は只者ではなかったのだろう。そんな人が動くなんて、絶対にお祖父様関連で何か起きたに決まってる。事情を聞けるなら、すぐに聞いておきたい。何も知らない美夢さんに少し申し訳なく思いながら、私は携帯電話を取り出した。
「とりあえず、救急車呼ぶね。この人が回復したらとことん問い詰めてやらなきゃ」
「そうですね。お願いしま……」
と、そう言いかけた美夢さんの顔が俄に曇った。次の瞬間、私の頭が美夢さんの手で押さえつけられて……強制的にかがんだその上を、何者かの飛び蹴りが通過した。
「ひえっ……!」
全身が総毛立つ。一難去ってまた一難、また何か来たというの? 美夢さんに庇われながら顔を上げると、そこには黒衣を纏った大柄な男が一人……気絶したさっきの刺客を小脇に抱えて立っていた。
「ふむ、残念だ。こやつの回収ついでに不意打ちで任務を終わらせられればと思ったのだが、そう上手くは行かぬか」
「……殺し屋の仲間ですか?」
美夢さんの顔つきが臨戦態勢に戻る。黒衣の男はスッと掌をかざしてそれを制し、落ち着いた声で続けた。
「いきり立つな。そろそろ騒ぎを聞いて人が駆けつける。任務の遂行は困難ゆえ、潔く撤退させて貰うよ。だが、いずれまたその娘の命を貰いに参上する。貴公と相まみえることもあるだろう」
《つづく》