7-12
「どこを見ているーーーーーッ!!」
「ぐぶっ!?」
怒号と共に放たれた南風の前蹴りが美夢さんの胸のど真ん中に命中する。重量級の斬撃を連発できる体幹から繰り出されるキックの威力は絶大で、長身の美夢さんを数メートルは吹っ飛ばしコンクリの地面に叩きつけた。
「ああもう言わんこっちゃない!……って、美夢さん?」
素で突っ込みを入れてしまった私だったが、すぐに眼前で起こっている異変に気が付いた。美夢さんが立ち上がって来ない。今までどれだけ打たれても澄ました顔で復活して見せた美夢さんが、地面に倒れ込んだまま立ち上がれないでいるのだ。
「美夢さん……美夢さん! 大丈夫なの!? 美夢さんってば!!」
慌てて呼びかけながら、私は自分の浅はかさを責めた。美夢さんのことだから大丈夫、この一週間あまりの連戦なんて苦にもしていない……そう高を括っていたことを。
(大丈夫なわけなかったんだ……次々来る殺し屋と休む暇もなく戦い続けて、しかも私のお世話まで。坐禅を組めば回復するなんて適当なこと言ってたけど、本当はめちゃくちゃ無理してたんだ!!)
「ぐぐぐ……大、丈夫ですよ香織さん。このくらいのダメージ、少林寺で十八銅人に挑戦した時に比べれば……がふっ!?」
手をついて何とか立ち上がろうとする美夢さんの顔面を、南風が無慈悲にも蹴り上げる。美夢さんの鼻から血が噴き出し、体が再び地に叩きつけられる。
「修行でやる組手と、実戦のダメージが同じなわけないだろ。ド素人がプロの暗殺者とやり合えば当然そうなる」
長刀を引きずりながら悠々と近付き、南風が美夢さんを嘲笑う。私は駆け寄ろうとしたが、体が動かない。行った所で何ができるのかすら思いつかない。
「あとその傷……姉さんの手裏剣にやられたね。ひどい出血だ。今まで動けてたのが不思議なくらいだよ。そうか! これは姉さんが僕に遺してくれた勝利……きょうだいの絆がもたらした勝利というわけだ! アハッ……アハハハハハハハハハハ!!」
恍惚とした顔で天を仰ぐ南風。その目尻から一筋の涙が零れる。狂気を孕んだその姿に、美夢さんも息を飲む。
「あ、あなたの姉さんとは東風のことでしょう? 彼女ならまだ……がっ!?」
「もう喋るなって」
何か言いかけた美夢さんをまたも蹴り上げる南風。地面を転がる美夢さんは喘ぐような息を繰り返しており、最早立ち上がる素振りすら見せなくなる。
(どうしよう……美夢さんが殺される。私の所為だ。私の所為で美夢さんが死ぬ。どうしたら……どうしたらいいの!? わかんないよ!! どうしよう……どうしようどうしようどうしようどうしよう!!)
私の思考がぐるぐると頭を回り、パニック寸前の危険な状態に陥る。その間にも南風は長刀を振りかぶり、美夢さんに最後のトドメを刺そうとする。
「姉さんの弔いのため……そしてきょうだいの絆に勝るものなどないことを証明するため……死ねッ!!」
横たわった美夢さんの胴体を真っ二つにせんと、刃が閃く。
「美夢さんっ!!」
私は反射的にデッキチェアーの後ろから飛び出したが、もう間に合わない。万事休す……と思ったその時だった。
「うにゃあ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
可愛らしすぎる雄叫びが聞こえて、私の横を何者かが通り過ぎて行った。その子は、美夢さんに気を取られ反応が遅れた南風の背後に素早く接近し、
「鈍器っ!!」
持っていた鉄パイプで南風の後頭部を思い切り殴りつけた。
「だっ!?」
完全に虚を突かれた南風はその一撃をまともに喰らい、長刀を取り落としてがっくりと膝をついた。
「あ、あなたは」
命拾いした美夢さんが唖然として呟く。だが私の方がもっと驚いた。
「メメちゃん!!」
そう、美夢さんを助けたのはあのメメちゃん。ホラーハウスで泣きっ面になり愛梨ちゃんに慰められている筈のメメちゃんだったのだ。つまり南風を見舞ったのは剣道有段者による、しかも鈍器使用の“面”ということになる。
《つづく》




