7-10
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同じ頃、兼道香織もまた合流地点のプールエリアに急行していた。ここで物語の視点は再び彼女に戻る。
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「はあっ、はあっ、キツい! お腹痛い!」
南風はまだ追って来ていない。目的のプールはすぐそこだ。運動不足の身で急に走り出したもんだから横隔膜がびっくりしちゃってるけど、ここまで概ね作戦通りに運んでいる事実に私は感動していた。
(兵隊もあれから見ない……上手く包囲網を抜けられたんだ。美夢さんの笛のおかげだ。感謝しかない。後は、プールで待ってる美夢さんの前まで南風を導くだけ!)
プールエリアの入口は封鎖こそされているが、申し訳程度の鉄柵があるのみだ。子どもの背丈程度の高さしかないので、私でも簡単に乗り越えられた。
(美夢さんは……どこだろう? ここ広いからなぁ)
スライダー付きの大プールに、ドーナツ状の流れるプール、水深の浅いキッズ用プール。それらがみんな枯れたオアシスのように並ぶエリア内はシンと静まり返っており、私の息を切らせる声だけがやけに大きく響き渡る。私が辺りをキョロキョロ見回していると、不意に誰かが後ろから私の肩を叩いた。
「美夢さ……」
ハッとして振り返る私。しかし、緩みかけた私の口元は次の瞬間恐怖に引きつることになった。
「やあ、無道院香織」
南風だ。南風がいつの間にか私を追い越しており、プールエリアで待ち構えていたのだ。
「だあーっ!?」
私は驚いて飛び退こうとしたが、南風に肩をがっちり掴まれて動けない。何てことだろう、折角引き離したのに彼と私の距離はまたゼロに戻ってしまった。
「よくもやってくれたね。小賢しい笛なんか使って……きょうだいを敬わない奴はやることも汚いんだ」
(そうだ笛……!)
私は慌てて秘密兵器の笛を掴み、再び吹こうとした。しかし唇に当てる間もなくそれは南風の手に奪われ、そのまま力ずくで握り潰されてしまった。割れて砕けた竹の欠片が紐の先で虚しく揺れ、最悪の事態を私に告げる。
(笛が壊された。もう自衛の手段がない。美夢さんは? 美夢さんまさか……まだ来てない? 間に合わなかったの? いや、何かあったんだ! 考えられるのは私と美夢さん両方を狙った敵の二面作戦……何てこったよ! こんな簡単なことを事前に予測できなかったなんて! 私のバカ!! バカバカバーーーーカ!!)
美夢さんが笛の音を聞きつけてこちらへ向かう時、そこに邪魔が入る想定は全くしていなかった。明らかに作戦の穴だ。しかし後悔しても遅い。美夢さんが未だ到着しないまま、南風はもう私をコンクリの地面に組み伏せ……うなじに長刀の刃を押し当てつつあるのだから。
「林美夢なら絶対に来ないよ。何たってヤツの元へは姉さんが向かったからね。もうとっくに死んで野犬の餌にでもなってるんじゃないかな」
やっぱり、殺手がもう一人出張って来ていた。美夢さんがやられるとは思えないけど、それで遅れているのは間違いないだろう。冷たい刃と熱い地面に挟まれ、私の胸が逸っていく。
「バカだね君は。血を分けたきょうだいを蔑ろにして、得体の知れない他人をあてにするなんて。あんなヤツどうせ金の匂いに釣られただけで、君個人のことなんか少しも思っちゃいないのにさ」
「あんたに美夢さんの何がわかるの!? 美夢さんはそんなんじゃない!!」
南風の的外れな誹りに対して、思わず大きな声が出る私。そうだよ、美夢さんは金目当てなんかじゃない。むしろ私の体目当てというもっと酷い動機で動いている。最低と言っていい。でも、これまで命懸けで私を守ってくれた。傷ついても、寝不足でも、美夢さんは私のピンチを決して見過ごさない。例え遅れても必ず来てくれる。
(だから私は……ただこう言う)
私は圧迫された胸でせいいっぱいの空気を吸い込み、加速する鼓動のエネルギーごと吐き出すように一つの言葉を叫んだ。
「助けてっ……美夢さああああああああああああんっ!!」
《つづく》




