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実際の所、美夢はこの事態に戸惑うばかりだった。あれほど洗練された技を持ち正々堂々と勝負を挑んで来た東風が、今は血に飢えた獣のように猛り狂っている。これが彼女の本性なのだろうか。
「ン〜〜、まあ卑怯は卑怯で結構なんだけどさ。それとこれとは別じゃない? アタシは任務をしくじって、アンタも護衛をぬかった。お互い負け、お互い失敗……だったら後は自由時間じゃん! 暇になった者同士めいいっぱい楽しもうよ、戦いを!!」
およそ破綻した論理を声高に叫んで、東風が再び向かって来る。それを見て美夢は悟った。東風は戦いそのものに喜びを覚えている。一見武術家の矜持や礼節にも似た態度を取るのは、むしろゲームのように己にルールを課していたからこそだ。自分と相手の持てる力全てで命を奪い合い、血肉を啜り合うことへの異常な執着……それが彼女の本質なのだ。一度昂れば傷の痛みも忘れるほどの戦闘狂……その名で呼ぶのが最も相応しいだろう。
「……付き合っていられますか!」
理解した瞬間、美夢の腹は決まった。
「キャハアーーーーーーッ!!」
奇声を上げて飛び掛かって来る東風。そこから放たれた拳打を美夢は身を捻っていなし、伸び切った東風の腕の上を滑らせるように水平チョップを繰り出した。
「ギャビッ!?」
首の後ろをしたたかに打ち据えられ、東風の動きが止まる。
「ぎええええええええいっ!!」
美夢は続いて2発、3発とチョップを打ち込み、駄目押しとばかりに東風の顎を真下から蹴り上げた。東風の膝が折れ、生まれたての子鹿のように足元がおぼつかなくなる。が、彼女の目だけは爛々と輝き、死闘の喜びに打ち震えているようだった。
「ウフフフ……どうしたの? こんなことでアタシは参らないわよ?」
「でしょうね。なので……もうやめます!!」
美夢はそう宣言すると東風に背を向け、本来の目的地へ向けて激走を開始した。
「えっ……ええええ〜〜〜〜〜っ!?」
東風が一瞬呆気に取られた後、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「ふっざけんじゃないわよ!! ここからがいいとこなんじゃない!! 絶対に逃さな……うきゃっ!?」
美夢の後を追おうとした東風が、盛大に足をもつれさせて転倒する。出血による消耗に加え、頭部へ立て続けに打撃を受けたことで脳の指令が上手く四肢に伝わらなくなったのだ。精神力の強い敵は真っ向から倒し切ることを考えず、急所への攻撃で機動力を奪えばいい。もう東風は立ち上がれないだろう。
「まっ、待って!……待てやコラーーーーーーッ!! 」
一瞥もせず走り去る美夢を睨み、東風が怒りの絶叫をぶつける。だがその気迫をもってしても己の足を奮い立たせることはできず、伸ばす手も虚しく土を掴むだけだった。
「クソが~~~~~~ッ!! アンタどうかしてんじゃないの!? あんな非力な女、もう死んでるに決まってる!! それよりアタシとやろうよ!! アタシと戦ってた方が楽しいじゃん!? 死ぬまでアタシに付き合えっつってんのよ~~~~~~~~っ!!」
「……あなたに何がわかる」
東風に聞こえない程の捨て台詞を残し、美夢は走る。香織との合流地点は目の前だが、時間のロスも激しい。もう一人の殺手が香織を殺める前に、果たして間に合うか。
《つづく》
 




