7-8
〜〜〜
兼道香織が二度目の犬笛を吹いた時、林美夢もまた合流地点を目指してパーク外縁の金網沿いを走っていた。ここで、物語の視点はしばし美夢に移る。
「今、また笛の音が……香織さん!」
美夢の表情が焦りから安堵に変わる。笛が二度鳴ったということは、香織が殺手の襲撃を一度は切り抜けたということ。少なくとも今この瞬間、香織が生存しているのがはっきりした。
「やはり貴女は強い人です。わたしも自分の役目を全うしなければ……」
今朝の作戦会議で決めた合流地点は、パークの片隅に増設された広大なプールエリアだ。今はオフシーズンなので水は抜かれ、エリアに立ち入る者も居ない。視界が開けていてなおかつ人目につかないその場所は、殺手と腰を据えて戦う場として申し分ないものだ。加えて敷地の端に位置しているというのもポイントが高い。美夢が今居る場所から1分もかからずに辿り着けるだろう。
「香織さんは必ず来てくれる。だからわたしは1秒でも早く着いてそれを待つ!」
と、美夢が改めて足に気合いを入れたその時だった。
「ヤアーーーーーッ!!」
何者かが奇声を上げながら山肌を蹴り、美夢に飛び蹴りを浴びせた。
「ぐっ!」
強烈なその一撃を右肩に受け、美夢が地面を転がる。金網を掴んで立ち上がると、目の前に居たのはなんと先ほど戦闘不能に追い込んだ筈の東風であった。
「ウフフ……逃さないわよ林美夢」
「あ、あなたっ……不死身ですか!?」
幽鬼のような顔で薄ら笑いを浮かべる東風。その異様な姿に、美夢は思わずたじろいだ。東風の頭には美夢の放った指弾がめり込んでおり、出血も酷ければ運動機能にも異常を来している筈だ。それなのに彼女は再び襲って来た。何とも不気味だ。
「良い……アンタ凄く良いよ。旋風さんが拘るのもわかる。もっともっと戦おう! アタシもアンタのこと気に入っちゃった! キャアーーーーーハハハハッ!!」
狂笑と言うべき金切り声を上げて東風が突進して来る。手負いとは思えぬほど速い踏み込みから正拳突きが繰り出され、美夢は金網を背にしたままそれを防御した。
「つっ……! 約束はどうしたのですか? 先程の勝負、わたしが勝てば退いてくれると言ったのはあなたでしょう!」
防いだ腕の骨が軋む感触に顔をしかめながら、美夢が詰問する。だが東風は攻撃をやめない。美夢を金網に押し付けるようにガードの上から再度拳打を見舞い、ガラ空きになったボディに強烈な足刀蹴りを突き刺した。
「がはっ!」
たまらず美夢の顎が上がる。東風はその絶好の的に向かいすかさずハイキックを打ち込んだ。ボディを蹴りつけた方の脚を引くと同時に、もう片方の脚一本で跳躍しそのまま高所を蹴りつける離れ業だ。
「お゛うっ!?」
脳を揺さぶる一撃を喰らい、美夢の気が遠くなる。しかし美夢はギリギリの所で失神を堪え、突き放すような回し蹴りを放った。闇雲に等しいその一閃を東風は難なく飛び退いて避け、数メートル離れた地面に荒々しい着地を決めた。
「キャハハ! どうよアタシの拳法は。いざ格闘戦になっても獲物を圧倒できる、血影衆の手裏剣使いなら当然なんだから!」
「ぐぐぐ……」
明滅する美夢の視界の中で、東風が自慢げに胸を反らす。その態度を批難するように、美夢は口の中に溜まった血を地面に吐き捨てた。さっきの蹴りで口腔内が深く切れているのだ。
「約束を反故にしておいて何を誇れると言うのですか。この卑怯者!」
《つづく》




