7-5
室内は変わらずお化けばっかりで人の気配もなく……私は緊張していた手足を脱力させた。全くもう何やってんだ私。非常時とは言えちょっとテンパりすぎかもよ?
「あ〜あ、アホらし。二人を追いかけますか……」
私は歩みを進め、次の間へ続く自動ドアを反応させるべく手をかざした。
と、その時だった。
ガシッ
前方に伸ばした私の手が、横合いから何者かの手に掴まれた。
「えっ……」
反射的に、手が伸びて来た方向を見る私。そこにはまるで闇夜そのものを象ったような黒装束の人物が居て……瞬く間に私をどこかへ引っ張り込む。それは壁に描かれた背景の絵に溶け込むように設置されたドア……きっとスタッフが使う点検用通路に続くドアだ。敵はお化けに紛れてではなく、壁の向こうから様子を窺っていたのだ。
(しまっ……た!!)
己の油断を悔いている間にドアは固く閉ざされ、点検用通路を表のアトラクションから隔絶する。営業時間中の今、ここを利用する者はまず居ない。遊園地という衆人環視の場で例外的に存在する「絶対の死角」に私は連れ込まれてしまったのだ。
「いでっ……何すんのよ!」
荒っぽく床に放り出された私は、憤慨して相手の顔を見る。頼りない明かりの下でぼうっと浮かび上がるその顔は真っ白で……見たところ私と同じ10代らしい。
「……君に聞きたいことがある」
掠れて消えてしまいそうな声が、狭い通路に弱々しく反響する。しかし声質自体はアルト寄りのテノールで、それが目の前の敵が少年であることを物語る。
「きょうだい同士で憎み合うって、どんな気持ち?」
「なっ……」
少年の唇が紡いだ問いが俄に私の心を揺さぶる。
「わからないんだ。一緒に育って来たきょうだいと……血を分けた分身のような存在と何故争うなんてことができるのか。僕には到底考えられないことだから」
言いながら少年がしゃがみ込み、私の瞳を覗き込んで来る。私は目を逸らそうとしたけど、少年のガラスのような瞳に惹きつけられてそれができない。彼の問いかけから逃げられない……これも殺し屋としての技術の一環なのだろうか。
「そ、それを話してどうなるって言うのよ。あんたには何の関係もないでしょ?」
「あるよ」
私が発した苦し紛れの言葉を、少年が即座に遮る。
「自己紹介が遅れたね。僕は南風。依頼を受けて君を殺しに来た、血影衆の殺手だよ。僕には双子の姉さんが居てね……姉さんも同じように殺手で、東風って言うんだ。生みの親は小さい頃に蒸発したから、血影衆がずっと僕らの居場所だった。訓練も任務も辛いけど……姉さんが居たからやって来られた。姉さんも僕が心の支えだっていつも言ってる。きょうだいっていうのは最愛で、生き甲斐で、人生の意味で、お互いがお互いの全てなんだ」
自らの暗い過去をチラつかせながら、南風と名乗った少年が目を細める。さぞ凄惨な半生であったことは想像に難くないのに、そんなにも恍惚とした表情を浮かべられる彼の異常さに私は戦慄を覚えていた。
(こいつ……綺麗な顔して結構ヤバいぞ。いや美形だからこそ際立つ狂気と言うべき? 何にせよ、こういう手合いは喋ってる間に勝手に興奮するから危険って聞いたことあるんだよなぁ)
などと私が思っている間にも、南風はおよそ共感しかねる内容……主に姉愛を流暢に語り続けている。そして私の不安が的中する瞬間がやって来てしまった。
「……と、ここまで言えばわかるよね? きょうだいは尊いんだよ。……なのに!」
南風が突如語気を強めたかと思うと勢いよく立ち上がり、体の後ろに携えていた武器を抜き放った。私の身の丈ほども長さのありそうなそれは、肉厚に拵えられた一振りの日本刀だった。
(ひいっ!! ほらねーっ、勝手にキレ始めた! 予想通りすぎてろくでもねぇ!!)
《つづく》




