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「或いは、今みたいに自然に香織ちゃんにくっつく機会を狙っていたとか……いや、それはなさそうね」
「だよね。どう見てもガチ怯えだもんね」
でもまあ、そう言う私もこのホラーハウスのクオリティにちょっと圧倒されている。死角から飛び出して来るとかビックリ系が強いのもあるし、電動のハリボテとはわかっていても刃物を持った人がこうもひしめいてると緊張してしまう。何せ、ここ最近毎日のように刃傷沙汰を経験してるからね私は! ナーバスにもなろうってもんだよ。
「……」
と、私はある考えに思い至り、メメちゃんの肩を無言で叩いた。
「ふえぇ……かお、何ぃ?」
グスグスしゃくりあげながらメメちゃんがこちらを振り返る。そのプリティーな泣き顔に向かって、私は自分の顔を下からスマホのライトで煌々と照らし、
「ばあ」
渾身の“怖い顔”をした。
「ヒュッ……」
ただでさえ怯えていたメメちゃんの目には、私の顔がゾンビか般若にでも見えたことだろう。一瞬にして彼女の血の気が引き、息の止まる音がして……
「……ぎにゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」
まるで踏んづけられた猫のような絶叫を発し、メメちゃんはその場から全力で走り出してしまった。隣で静観していた愛梨ちゃんがその勢いに驚き、「ちょおっ!?」と後を追いかける。
「待ちなさいメメちゃん、走ると危な」
「あべしっ!!」
忠告も間に合わず、メメちゃんは開きかけの自動ドアに激突。館内を仕切るドアは皆雰囲気作りのためにゆっくり開くのが仇になった。
「うぅ……やだもおおおおお〜〜〜ッ!!」
めげずに立ち上がり、メメちゃんがダッシュで次の部屋へと駆け抜けて行く。そんな彼女と私を見比べ、一応保護者の愛梨ちゃんはどちらを優先したものか困り顔だ。その葛藤に私はすかさず助け舟を出す。
「いいよ愛梨ちゃん。メメちゃんについててやって。私は折角だから、ゆっくり堪能してから追いつくよ」
「そう? じゃあ……ごめんね香織ちゃん。メメちゃんが落ち着いたら、その辺のベンチにでも座って待ってるわ」
「うい。気を付けて」
「香織ちゃんもね。お化けに食べられちゃ駄目よ?」
などと軽口を残し、愛梨ちゃんの姿が自動ドアの向こうに消える。一人残された私は、アンビエントなBGMとお化けの呻き声が反響する室内でこう言った。
「……出てきなさい、血影衆の殺手!」
私には確信があった。いくら人目の多いパーク内でも、ホラーハウスなら入場制限してるし部屋ごとに区切られてるから秘密裏に事を運びやすい。そして何より、屋根のある場所では美夢さんの監視が届かない。今までのパターンから推して、私が敵ならここで攻める。
(私の勘によると……敵はお化けのハリボテに紛れて潜んでいる筈。おあつらえ向きに皆凶器を持ってるし、木の葉を隠すなら森の中ってね! さっきピーンと来たんだよ)
通路の両脇でうごめいているコワモテのお化けたち。この中にきっと殺手が居る。わずかな違和感も見逃さないよう、私は薄明かりの中で懸命に目を凝らした。
「居るのはわかってるのよ! まさかターゲットの小娘一人に怖気づいたわけじゃないでしょ? 私は逃げも隠れもしない……正々堂々、勝負しようじゃない!」
なんて強いことを言ってみたけど、足はガタガタ震えてる。メメちゃんと愛梨ちゃんを上手く逃がして一対一の状況を整えたのはいいけど、正直怖い。せめて気持ちだけは萎えてくれるなと、私は美夢さんがくれた犬笛をぎゅっと握りしめた。
「さあ、出て来なさいってのよ!」
三度呼びかける私。……が、一向に返事はない。
(あれ? もしかして……外した?)
我ながらかっこいいことを言ったつもりでいたけど、虚空に向かって啖呵を切っていたのだ思うと一気に気恥ずかしさが込み上げて来る。
(え〜……マジ? 気のせいなの? そんなことある?)
《つづく》




