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格闘タイプのお姉さんが護衛と引き換えに私の体を要求して来るんだけど!? ~意外とウブな芋ジャー女ドラゴンに溺愛されるキケンな二人暮らし~  作者: 枕頭皮
第6話 貴女の命も幸せも、傷一つとして付けさせるものですか ~血影衆殺手 東風 登場~
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6-13

(カンペキッ!!)


 投擲に会心の手応えを感じ、東風が目を細めて美夢を見る。尋常ならざる集中力によってスローモーションにさえ見えるその視界の中で、美夢はやっと指弾の発射モーションに入ったところだった。やはり遅い。飛び道具の専門家が投げる手裏剣と比べれば、拳法家が危機回避に使う指弾術はあまりにもお粗末に見える。このままいけば、瞬きしないうちに美夢の喉笛と左の肩口に手裏剣が命中する筈だ。己の勝利を確信した東風だったが、その時、彼女は美夢の姿に違和感を覚えた。


(アイツ……目を瞑ってる!?)


 そう、電光の速さで迫り来る闇手裏剣を前に美夢は両の目を閉ざして待ち構えていたのである。見えない手裏剣を目で追うのをやめ、風切り音や気配に集中してかわすつもりだろうか。しかし、東風の狙いは正確無比な上に速度も並みではないのだ。単に無為な情報を断つだけの策に一体何の意味があるのだろうか。


(甘く見たわね林美夢。アタシの闇手裏剣にそんな小細工は通じないわよ! 気配頼みじゃギリギリまで引き付けて避けるしかない……一発目をかわすのがやっとでしょう? 身じろぎした先で二発目に切り裂かれるがいいわ! そのために近い軌道で二つ投げたんだから!)


 愚策を打った敵を心の中で嘲笑する東風。しかし美夢の真意は東風の推測とは別にあった。


「……ここっ!!」


 二発の手裏剣があと0.1秒で命中しようという時、美夢が気合いを発して左手の指弾を撃ち出す。しかしそれは東風を狙ったものではない。自らの腰の位置からまるでコイントスのように真上に銀弾を射出し、己の喉元に迫っていた一方の手裏剣にぶち当てたのだ。


(なっ……迎撃!?)


 驚きに目を見張る東風。下から面を叩かれ、喉笛を狙った一発目の手裏剣があらぬ方向へ逸れていく。美夢はそのまま微動だにせず、二発目の手裏剣はそのまま左肩で受けた。


「ぐうっ……!」


 鎖骨に刃が食い込む痛みは歯を食いしばって耐え、美夢はすかさず残った右手の指弾を放つ。今度の狙いは真正面、呆気に取られている東風の脳天だ。


「当たれっ!!」


 ライフル弾もかくやという勢いで撃ち出された銀弾は一直線に飛んで行き、東風の顔面……左眉の少し上に見事命中した。


「しまっ……たがはっ!!」


 悲鳴と共に大きく()()り、東風が地面に倒れる。同時に、美夢も負傷した肩口を押さえて膝をついた。


「はぁ……はぁ……危ない賭けでした」


 美夢が取った策はこうだ。東風の攻撃を闇雲に避けるのは不可能、手裏剣に対し指弾で早撃ちを競うのも無謀でしかない。ならば両方とも諦めた。まずは視覚を断つことで皮膚感覚を増幅させ、自分に向けられている殺気を分析した。その感覚と、2発の手裏剣が空気を裂く音を考慮して東風の狙いを見極めたのだ。そして、当たれば致命傷になる手裏剣のみを撃ち落とし、ダメージ覚悟で反撃に転じた。指弾は発射が遅く後手に回らざるを得ないのを逆手に取り、確実にカウンターを狙う。その捨て身の策が図に当たったわけだ。


「勝てない勝負は避けるのが少林拳の心得……しかし、勝てない勝負を如何にして戦うか考えるのもまた然り。東風と言いましたか、勝てる勝負に驕ったあなたの負けです」


 美夢がそう語りかけると、東風はプルプルと痙攣しながらゆっくりと上体を起こした。


「あはっ……なかなか、言ってくれるじゃない」


 どうやら意識を失うには至らなかったようだが、頭からの出血が(おびただ)しい。少なくとも頭蓋骨は損傷しているのだろう。美夢を見つめるその目もどこか焦点が定まらない。


「でも事実ね。全くざまあないったら……こうして喋ってても心なしか首が座らないし、手も震えちゃってもう手裏剣は持てないなぁ。あ~~~悔しい!」


「無理せず治療を受けることをオススメします。旋風はまだ迎えに来ないのですか? まあわたしには関わりのないことですが……」


 東風を気遣いながら息を整え、美夢は立ち上がる。約束の勝負は制した。加えて東風は戦闘不能なので、もう美夢の行く手を阻むことはない。園内の方も、兵隊たちが香織を包囲し尽くすまでにはまだ時間がある。今から全速力で向かえば何とか間に合うだろう。状況を整理して(はや)る胸を抑え、美夢は改めて駆け出す。


 と、その時だった。


 ピィーーーーーーーーーー……


 長く、長く尾を引く笛の音。聴覚を鍛えた者でなければ聞き取れないほど甲高いその音は、まさしく美夢が香織に託した犬笛のものだった。


「なっ……!?」


 落ち着きかけていた美夢の心拍数が再び跳ね上がる。この犬笛が鳴ったということは、美夢の監視を潜り抜けた敵が香織に接触したということだ。そしてそれが出来るということは、その敵は十中八九ただの兵隊ではない。卓越した潜伏スキルと機動力を持つ、組織のエリート……すなわち殺手だ。


「フフフン……あっははははは……!」


 苦しい息で喘ぐように、東風が笑い声を漏らす。美夢がすかさず振り返ると、彼女はぐらぐらする頭を手で押さえながらこう言った。


「まさか想像もしてなかったの? 林美夢、意外と思い込みが激しいのね。確かにアタシの任務はアンタの抹殺だけど……だからって本来のターゲットを下忍任せにするわけないじゃない」


「東風、あなたは……!」


 東風を恨めし気に睨みつけ、美夢が拳を握る。完全に失態だった。殺手が先んじて姿を現したことで、最大の脅威は彼女だと無意識に高を括ってしまった。彼女が敵の作戦の一部に過ぎないという可能性を、美夢は完全に見落としていたのだ。


「本来のターゲット……無道院香織には、アタシの相棒が貼りついている。アタシよりよっぽど問題児だけど強い殺手よ。今頃は好みの襲撃ポイントを見つけて行動に移ってるんじゃないかしら」


 東風の口元が優越感に綻ぶ。それは勝負に負けはしたが任務成功に充分貢献した、殺手としての使命感が満たされた笑顔だった。


「終わりよ林美夢。アタシが負けならアンタも負け……これにてゲームセットってわけ」


「そんな……」


 美夢の胸中に絶望が去来する。詰み、チェックメイト、トリプルロン、この状況を表わすには並みの比喩では足りない。だが美夢は己の両頬を張り、ネガティブな考えを叩き落とす。


「いえ、まだです。香織さんはわたしに助けを求めました。彼女はまだ諦めていないんです。わたしが先に諦めるわけにはいきません! 香織さん、すぐ行きますから……どうかご無事で!!」


《つづく》

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