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今一度気合いを入れ直し、美夢は急な斜面を下っていく。このままパークの敷地の端っこに辿り着き、金網を乗り越えて園内に侵入するという寸法だ。無賃入場は心苦しいが、最短距離を行ける上に敵の虚を突けるこのやり方がベストだと判断した。
「少林寺の先輩に知られたら怒られるでしょうか。しかしこれも正義のためです。御仏もお目こぼしくださるでしょう。……うん、そう思うことにしましょう」
そう己を納得させながら、美夢は半ば滑るようにして山肌を下りて行く。そして、もうすぐ配電施設の裏にでも着くかというその時だった。
ヒュンッ!!
鋭い風切り音を立てて、見えない何かが美夢めがけて飛んで来た。飛び道具の類であることは明らかだが、軌道が見えない。
「う……おおっ!?」
目を凝らしていては間に合わない。美夢は両腕で頭と腹を覆い、身を捻ってその場でジャンプした。そんな精一杯の回避行動が幸いしたか、飛来物は美夢の二の腕と背中を掠めただけで茂みへと消えて行った。
「いっ……つぅ〜〜〜!」
危うい着地を決め、美夢は傷の具合を見る。薄い刃物に切られたと思しき、糸のように細い傷。傷口からは血が流れて出ているが、裂傷特有の痛みがあるだけで毒などは入り込んでいないようだ。
「出て来なさい卑怯者! 物陰から飛び道具なんてそれでも武術家ですか!?」
切り傷をこしらえ少し涙目になりながら、美夢が挑発の言葉を発する。すると、美夢の居る場所から10メートルほど離れた木の陰から何者かが歩み出て来た。カラスを思わせる黒衣……血影衆の殺手だ。
「いや別に武術家じゃないし……挑発にしても安すぎるでしょ」
そうこぼす殺手の声は凛として高く、背丈は香織より少し高いぐらい。およそ10代半ばと見受けられる少女の容姿だ。髪は首の辺りまで自然に伸ばし、襟足を左右に流している。忍者のような出で立ちでさえなければ、ファッションストリートを悠々と歩いていそうな垢抜けぶりである。
「でも乗ってあげるわ。威勢の良い獲物は嫌いじゃない。アタシは東風! 血影衆きっての手裏剣使いよ。勝負しましょう、林美夢」
東風と名乗った殺手は喜々としてそう宣言し、黒手袋をはいた手に手裏剣を携え見栄を切るようにかざして見せた。六芒星を象ったその手裏剣はまるで光さえ飲み込むような漆黒の色をしており、ともすれば山中の薄闇に溶けてしまいそうだ。
「……なるほど。光の反射率が極めて低い塗料を手裏剣に塗ることで、投擲後の軌道を目で捉えづらくしているのですか。その上このような薄暗い場所では……全く見えなかったのも頷けます」
「そうよ。あはっ、噂通りの慧眼ね」
顎を上げて大口でカラカラと笑う東風。快活で無防備な仕草だが、視線だけは美夢を捉えて離さない。戦いはもう始まっている、覚悟を決めろと無言で美夢を追い詰めているのだろう。
「血影衆に伝わる必殺の闇手裏剣……そこにアタシの腕が加われば、例えタネが割れていても避けられるものではないわ。こうやって見せたのは公平を期すため。さあ、アンタも飛び道具を出しなさい」
東風にそう促され、美夢はジャージのポケットに手をやった。美夢が習得している飛び道具は二つある。一つは常備している指弾、もう一つは先程使った蝦蟇功による攻撃だ。後者は射程が短い上に隙が大きく、あくまで不意打ちで効果を発揮する技なのでこの場では使えない。実質、指弾で手裏剣に対抗するしかない。その指弾も指で銀弾を弾く“タメ”を必要とするので、この勝負は美夢にとってかなり分が悪い。
「……仕方がありませんね」
だが、やるしかない。今ここで東風に背を向けて逃げたとしても振り切れる保証はない。数メートルも走らないうちに、手裏剣が背中に10発は突き刺さるだろう。ここは一旦、東風との飛び道具勝負に乗ってチャンスを待つ。それが、香織の元へもっとも駆けつけられる道だと美夢は判断した。
《つづく》




