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私がそう断言すると、向坂さんは少し言い淀んでから諦めたように息を吐いた。
「そこまで仰るなら……この向坂、香織様の心意気を汲ませていただきましょう。ですが、くれぐれもご自分を大切になさってください。香織様が健やかであることがわたくしの一番の願いですから」
「ありがとう向坂さん。大丈夫、ひとりじゃないから」
そう言い残し、私は電話を切った。スマホを鞄に戻し、私は再び周囲を見回す。声の聞こえる範囲に美夢さんは居なかっただろうか。
(上手く行ったら、美夢さんに話してもいいかな。私の家のこと……私がどうして、こんな可愛くない性格になったのかを)
私は美夢さんの思うような純粋な人間じゃない。人を欺くことなんてもう自然になってしまったし、敵意を向けることだってできるんだ。
(美夢さん、受け入れてくれるかなぁ。わかってくれると……いいなぁ)
そんな微かな希望が皮算用に終わらないよう気を引き締め、私はバス停への歩みを速めるのだった。
〜〜〜
寮の近くのバス停からは、ジャンボリーパークへの直通便がある。東京の某ランドには及ばないけど、県内の行楽スポットとしてパークはけっこう人気があり、日曜ともなればバスは激込みだ。停留所ごとに乗り込んで来る地元のお客さんにぐいぐい押され、車内の隅で息を潜めること30分。待ち合わせ場所である駐車場前に私はよたよたと降り立った。
(うえぇ……疲れた。車酔いと人いきれで気持ち悪い。既にけっこうガン萎えなんだけど、帰っていいかな?)
ストレスに弱いインドア派の性を私が噛み締めていると、駐車場の向こうから手を振る人影が見えた。
「か〜〜〜〜〜お〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
間延びも間延びな呼びかけの声が、落ち着く低周波で私の耳に届く。あれはメメちゃんだ。横には愛梨ちゃんも居る。メメちゃんは私と違い寮生じゃなくて家からの通い勢で、愛梨ちゃんとはご近所さんだから、さては車で一緒に来たな。
「よう」
控えめに手を上げ、早歩きで二人と合流する。厚めのサングラスで目元を隠した愛梨ちゃんには、わざと大袈裟にお辞儀をする
「おはようございます、宮本先生」
「ちょっ、やめなさい保護者にバレる」
慌てる愛梨ちゃんの口元には見慣れない色のリップが塗りたくられており、多分これもさり気ない変装なんだろう。教師と生徒がプライベートで遊んでると色々うるさいもんね。
「ごめんって愛梨ちゃん。今日もコーデ決まってるね」
なんか透け感がありつつ清楚で涼し気な愛梨ちゃんの服装は、流石大人って感じ。芋臭いジャージから着替える素振りすら見せない美夢さんとは大違いだ。
「いえいえ、それほどでもあるわ」
「かおはいつも通りおこちゃまコーデだよねぇ。着膨れしててか〜わい!」
メメちゃんの言うおこちゃまコーデとは、Tシャツとトレーナーとパーカーぐらいしか着回しのバリエーションがない私の普段着のことを言う。スカートかズボンかは気まぐれで、今日は動くからズボンだ。
「ほっといて」
別にいいじゃん。私が小洒落た服なんか着ても似合わないんだから。それにメメちゃんだってそのガーリーなスタイルはお姉ちゃんにセレクトして貰ってるんだから人のこと言えないぞ。
「おや、でもそのネックレス……てかペンダント?はお初じゃね? どしたんそれ」
「ああ、これは……」
《つづく》




