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叫び声がした。私の身が心から案じられて、居ても立っても居られないような、必死な声。同時に保健室の窓ガラスが打ち破られ、何か礫のような物が飛んで来て、刺客の右手に命中した。
「くっ」
手槍を取り落とし、刺客が右手を庇って後ずさる。私は、礫の飛んで来た方を見る。割れた穴から鍵を開け、窓をくぐって飛び込んて来たのは、連れて行かれた筈の林美夢だった。
「大丈夫ですか!? どこにも怪我は……って言うか、何ですかこの状況!? ヤバすぎて思わずガラス割っちゃいましたけど……ちょっと目を離した隙に、なんで忍者っぽい人に襲われてるんですか!?」
私を庇うように抱きかかえ、林美夢は混乱の極みって感じ。私としては、警備の人からどうやって逃げたのか是非聞かせてもらいたいものだけど。
「……護衛がついてるなんて聞いてない。お前、何者?」
部屋の隅に飛んで行った手槍を一瞥しながら、刺客が眉をひそめる。それに対して林美夢はキッと睨みを利かせる。
「わたしは美夢。林美夢。あなたこそ教えてもらいましょうか。何故この人に狼藉を働くのか……事と次第によってはただじゃおきませんよ!」
拳を握りしめ、一瞬で喧嘩腰になる林美夢。たまらず私は彼女のジャージを引っ張って抗議する。
「待ってよ。メンチ切る暇があったらこのままUターンして一緒に逃げて! アイツはまともじゃない……多分本当の人殺しだよ。ちょっと喧嘩が強いみたいなことじゃないから! 殺されちゃうって!」
「逃がすと思うの?」
刺客が腕を軽く振る。すると黒衣の袖口から太鼓のバチくらいの真っ黒な棍棒が滑り落ちて来て、その手に握られた。彼女が棍棒の中程を捻ると、先端が折りたたみ傘の柄のように伸びて鋭利な切っ先が展開する。新しい手槍だ。
「窓なんか割ってくれちゃって……じきに人が来る。目撃者は全て消し、早々に撤収させてもらうよ」
「……退くつもりは毛頭ないのですね」
林美夢が私の頭にポンと手を置き、軽く撫でてから立ち上がる。まさか、本当に戦うつもりなの?
「香織さん、下がっていてください。大丈夫。わたしはそう簡単にはやられません。こんなこともあろうかと……ではありませんが、貴女を守るため鍛えすぎるぐらい鍛えて来ましたから」
棒立ちに近い態勢で、林美夢は刺客に向かい合っている。丸腰で如何にも頼りないけど、ふと私の方を振り返ったその表情は自信に満ちていた。
「ちゃんと見ててくださいね?」
「いやいや前見て前! 来てるから!」
彼女が余裕こいている間に、刺客は床を蹴って飛びかかって来る。手槍の切っ先を林美夢の顔面に向け、一突きで済ませる軌道だ。
「素人に何ができるっ!」
危ない、なんて言う暇もなく両者の距離は一瞬で詰められて、切っ先が林美夢の目前に迫る。凄惨な絵が展開されると思われたその時だった。
「ひゅっ……」
林美夢が短く息を吸い、迫っていた手槍を片腕で捌いた。
「っ!?」
攻撃を逸らされ、刺客の体が泳ぐ。驚いたその横っ面に、林美夢のパンチが叩きつけられた。
「がっ……!」
よろける刺客。しかし素早く立て直し、再度の刺突を試みる。腹部を狙ったその攻撃は林美夢に腕ごと押さえられ、ガラ空きになった喉笛にチョップが打ち込まれる。
《つづく》




