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美夢さんが勝手にヒートアップしている間に、私はさっさと出かける支度を済ませて寮を後にした。美夢さんに渡された犬笛ペンダントは予め首にかけている。プラプラして目立つけど、ギリギリお洒落で通るだろう。もっともこれは生命線なので、通らなくても外すことは許されない。
(メメちゃんにからかわれたら一発しばくとして、何かあった時にすぐ吹けるようイメトレしとかないとね)
犬笛を胸元で弄びながら、私はバス停を目指す。美夢さんが慌てて追って来るようなことはない。
(美夢さんのことだから、ちゃんと後はつけて来る筈。私を見失わず、それでいて殺し屋に察知されない距離を保ちながら……その意図は多分理解してくれた)
後ろを振り返り、とりあえず見える範囲に美夢さんが居ないことを確かめてから私はスマホを取り出した。
(だから私は、もうひとつの策を打つ)
電話をかける先は、向坂さん。実家の使用人で唯一私に味方してくれる彼に、私は黒幕の調査を依頼していた。
「香織様」
着信に出た向坂さんの声色からは安堵の色が滲んでいた。心労をかけて申し訳ない。
「あのね向坂さん」
決意を固めた私は、電話の向こうの向坂さんに策を伝える。
「今日、私はちょっと迂闊な行動を取る予定なの。もちろん生き残るつもりだけど、多分ギリギリの勝負になると思う。……黒幕が動くかもしれない」
「香織様! それは」
「聞いて向坂さん。黒幕は一族の者よ。殺し屋に依頼したからってのんびり構えてるとは思えない。間違いなく固唾を飲んで成り行きを見守ってる。もう何度も暗殺が失敗してるなら尚更ね」
一族の者は他人を信用しない。何もかも自ら指揮を執り、人に任せても最後は自分の目で見届けないと決して安心できないんだ。何せ私がそうだもの。仮にも同じ家で過ごした敵の性格だって少しはわかる。
「次の襲撃が成功でも失敗でも、黒幕は必ず何かアクションを起こす。だから向坂さんには正人お兄様と翔瑠お兄様を見張っていて欲しいの。そして何かあれば小さなことでも私に教えて。もし私が生きてたら……その時は全ての片をつけるから」
昨日今日と、美夢さんと話してるうちにわかったんだ。誇りを守るためには、命を守るためには、そもそもの禍根を断たなければならない。私の肉を少々斬らせてでも、敵の骨を完全に断ち切ってみせるんだ。
(あれぇ~、最初はメメちゃんに嫌われたくかっただけなんだけどな。私って自分が思ってる以上にガツガツしてるのかも?)
自分の中に芽生えつつある獰猛な気性を、私は話しながら少し自嘲した。或いは、単に堪忍袋の緒が切れただけなのかもしれないけど。
「……香織様」
向坂さんの声色が俄かに険しくなる。
「悪いことは申しません。警察に保護を求めましょう。これ以上はもはや香織様おひとりの力の及ぶところではございません。まずは身の安全を確保してください。その間にわたくしがどうにか……」
「無理だよ。警察なんて一族の関係者がごろごろ居るって向坂さんも知ってるでしょ。みすみす敵の腹の中に飛び込むようなものだよ」
気遣いは嬉しいけど、向坂さんの提案は一蹴させて貰う。黒幕の根回しを警戒するのは元より、あの血影衆が法律に縛られない闇の集団であることは想像に難くない。多分、頼るべきは国家権力ではなく個人の知恵と力なんだ。それに、これ以上向坂さんに危ない橋を渡らせるわけにはいけないからね。
「後は私がやる」
《つづく》
 




