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「ふう! 殺し屋がなんぼのもんじゃい。こちとら少林拳の使い手からダウンを奪えるのよ」
「さ、流石です香織さん……おえぇ」
床に転がって痙攣する美夢さん。今朝だけで護衛対象から2ダメージ貰ってるんだけど、それでいいのかボディーガード。
「話は決まったね。私は汗を流して来るから朝ごはんよろしく」
無体な一言を美夢さんに投げかけ、私はお風呂場に引っ込んだ。中で脱いだ服をドアの隙間からぽいぽい放り出し、早起きの特権の朝シャンと洒落込む。
(全く美夢さんと来たら……すぐああいう感じになるから、どこまで真剣なのかわかったもんじゃない。まあそのおかげで気持ちが助かっちゃってる私が居るんだけどさ)
熱いお湯で寝汗を洗い流しながら、私はそんなことを考える。美夢さんとは知り合ってまだ一週間ちょっとなんだけど、ここまであけすけに話せるのは不思議だ。相手にプレッシャーを与えないのは美夢さんの人柄……才能みたいなものかもしれないけど、私も自分で思うほど人見知りってわけじゃなかったのかもしれないね。
(……11年前って言ったか? あの人)
ふと芽生えたそんな違和感は、目に入ったシャンプーの痛みに紛れて消えた。
〜〜〜
目刺しと卵焼きの気取らない朝食を終えた私たちは、今日の行程について詰めたミーティングを行った。美夢さんがウォッチングしやすいよう園内を回るルートは予め決めておく。また殺手が釣れた際におびき出す場所もいくつか選定し、笛の合図と同時に私の現在地から一番近い所へ美夢さんも急行するよう打ち合わせた。
加えて、件の犬笛について美夢さんはもう一つの使い方を教えてくれた。とは言っても至極単純なもので、本来の用途からそうガラリと変わることはない。しかしこれは使いどころを誤らなければ作戦の精度を大きく上げるだろうし、私の命も守ってくれるだろう。
「そろそろ時間ですね。パークまではお送りしますから、一緒に準備しましょうか」
そう言って腰を上げた美夢さんの申し出を、私は「いや」と制した。
「美夢さんは初めから遠巻きに見てて。せめて敵さんには油断しといて貰いたいし、寮から現地まで行く途中に襲撃があればそこで片付けられるから」
「えっ。……はい、わかりました」
美夢さんの声のトーンが下がる。いや、なんでシュンとしとるんだお前は。
「そのぉ……えへへ、道中だけでもデート気分を……うふっ、味わえればなぁ〜! なんて思ったり思わなかったり? あはは……はぁ……やっぱ駄目ですか?」
「……今きっぱり駄目になったよ」
並んで歩きたいと率直に言ってくれれば少しは揺れたかもしれないのに、美夢さんは言い方がキモいんだよ。とは言え今からモチベーションを下げられても困るので、私は少しリップサービスをすることにした。
「美夢さん、今日だけはストイックにやろう。今日を乗り切れたらまたデートしてあげる。次は罰じゃなくて、正真正銘のご褒美デートにしよ?」
「……!!」
途端に美夢さんの目がらんらんと輝き、心なしか潤いを失くしていた肌にさえみるみると色ツヤが蘇っていくようだ。まるで餌皿を前にした柴犬みたいにテンション上げるけどさぁ、そんなにチョロくて本当に大丈夫? 悪い人に飴で攫われたりしないか心配だよ私は。
「いいでしょう。香織さんとの素敵な一日のため、わたしも浮ついた気持ちは捨てて戦いに臨もうではありませんか。何せこれを乗り越えれば……香織さんとのデ・エ・ト!が待っているのですから。ああ〜ご褒美の用意された禁欲のなんと甘美なことでしょう! シゴキに耐えれば次なるシゴキが待っている少林寺とは大違いですよ。嬉しすぎる……! ああ、でもひとつだけ欲を言わせて貰えるなら、えへっ……香織さんとの“一日”に加えて……香織さんと共に過ごすロマンチックな“一夜”も……うふふ、約束していただければもっとやる気が……って、香織さん? 香織さんどこですか!?」
《つづく》




