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美夢さんは画面にぐっと目を近づけ、目をぱちぱちさせながら考えているようだった。
「そう不利な状況でもないかもしれませんよ。あくまで秘密裏に殺しを行い犠牲者を闇に葬るのが血影衆のやり方です。娯楽施設では常に衆人環視に身を置くことになりますから、彼らにとって抑止力になります。こちらが守りにくいと感じる時は、往々にして相手も攻めにくいものです」
流暢に話す美夢さんの顔が、俄に理知的なものになる。キュッと引き締まった目尻に私は一瞬目を奪われながら、続きを聞く。
「しかし、そこは相手もプロです。通り魔などと違い保身に走るばかりではありません。犯行が露見するリスクがあったとしても、あくまで任務を遂行しようとするでしょう。必ず何か手を打って来る。それを考えると、大胆に振る舞うばかりでは寝首をかかれてしまうでしょう。加えて問題が一つ。私は一般人なので、公共の場で荒事を起こすと十中八九お縄になります」
「あっ」
そうか。いざ私が襲われた場合、美夢さんは必ず応戦しなければならない。その時、警備を呼ばれて取り押さえられるのは敵じゃなくて美夢さんの方だ。
「暴力沙汰を見て人が集まって来ても、プロの殺し屋なら容易く切り抜けるでしょう。危なければ一旦退く選択肢も向こうにはありますしね。逆にわたしはそこまで器用に立ち回れませんし、香織さんを放って逃げることも許されない。どちらかと言うと私の最大の懸念はこちらですね」
アトラクション内で奇声を上げてヌンチャクを振り回し、警備員数人がかりで拘束される美夢さんのコミカルな姿が目に浮かぶようだ。ただそうなる頃には私は殺し屋の小脇に抱えられて人知れず連れ出され、敢え無く喉を掻っ切られているだろう。とても笑えた話じゃない。
「どうするのよ、相手は場所もタイミングも選べるのにこっちはあんまりにも窮屈じゃない?」
反社会勢力の恐ろしさとでも言うべきか。ルールを平気で踏み倒して来る殺し屋に対し、私たちはルールをかいくぐって戦わなければならないのだ。
「それでですね」
私が喉の奥で唸っていると、美夢さんはそう言って傍らにある自分のデカ鞄を漁り始めた。
「明け方に思いついたのですが、これが役に立つかもしれません」
奥の方から発掘されたのは、見たところ長さが5センチ、直径が1センチほどの小さな円筒形の物体だった。片方の先に紐が付いていて、ペンダントのように首にかけられるみたい。
「……何これ?」
「ここに取り出だしましたるは、かの有名な達磨大師が造りし聖なる笛……などではなく、聴力の修行で使った犬笛です」
犬笛。そっか笛か。よく見ると円筒の頭からお尻にかけては穴がくり抜かれて中空になっているし、胴体の中程には縦笛によくある感じのスリットが設けられている。美夢さんの無駄なおふざけには触れることなく、私は手渡されるままにその犬笛を掌に乗せてみる。
(竹の良い手触り……)
「この笛は普通に良い音が鳴るんですけど、それと同時に常人の耳には聞こえない音も出るんです。とても高く、しかも遠くまで届く音が。もちろん遮蔽物にぶつかれば減衰しますが、コンクリの壁ぐらいでは完全に途絶えることはないでしょう」
なるほど確かに犬笛だ。人間の可聴域を超えた音波で犬に合図を送るための笛と同じようなものを使って、少林寺では耳の聴こえを鍛えているということなんだろうな。
「じゃあ、美夢さんにはこれが聴こえるんだ」
「ええ」
得意気に頷く美夢さん。私にも話が読めてきた。
《つづく》




