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5-12

 よく見ると、美夢が握っている三味線の柄には中程に切れ目が入っている。壊れた痕ではない、明らかに加工によるものだ。弦が外れて緩んだその合わせ目に従い、柄の先端側を掴んで引っ張ってみると……するりと抜けて日本刀の刀身が顔を出した。三味線に偽装した仕込み刀だ。


「うわぁ」


 他にも、壊れた楽器本体からは絞殺用と思しき弦のスペアがロールで出て来たし、付属していたばちは先端が刃物のように砥がれて取り回しの良い近接武器になっていた。この三味線自体が、暗殺任務に用いる工具箱のようなものなのだろう。


「……やっぱり壊して正解でしたね」


 松風は恐らく、武器を隠し持ち相手の虚を突く暗器使いなのだ。三味線だけでこれなのだから、本人の身体検査をすれば他にも色々出て来るだろう。もし腰を据えて戦っていれば、それらの暗器全てが牙を向いたであろうことは疑いない。しかも戦闘中の適切なタイミングで、美夢の意識の外から襲って来ていただろう。


 あの一瞬の攻防で、この男を倒せたのは幸運と言う他ない。首に絡まっていた弦をようやく外しながら、美夢は冷や汗をかく思いがした。


 このまま気を失っている松風を拘束するなり公の病院に運ぶなりすれば、殺し屋たちが香織を狙う理由を問い質す機会もあるかもしれない。しかし、それをさせてくれる敵ではないことを美夢は充分に理解していた。


「居るんでしょう、旋風」


 美夢は木立に向かって声をかける。先刻から美夢の様子を窺っている、鋭い視線の持ち主への呼びかけだ。すると、木々の間から美夢の思った通りの人物が現れた。宵闇に溶け込む黒装束に包まれた、岩のように頑強な体躯が影を纏ってうごめく……血影衆殺手の旋風だ。


「見破っていたのか。流石は林美夢。それとも漢語に即し“リン・メイムゥ”とでも呼ぶべきか?」


 射抜くような眼光はそのままに、旋風が目尻に皺を寄せて不敵な笑みを浮かべる。保健室に疾風を回収に来た時以来、美夢とは二度目の対面だ。


「好きに呼んでいただいて結構です。……殺手や兵隊がわたしにやられる度、人知れず救出し撤退させていたのはあなたですね。今度はそれを待っていたんです」


 美夢が旋風を睨みつけ、腰を落として半身に構える。


「あなたはここで倒します」


「無理をするな。今日ここに至るまでの連戦……負傷こそ少ないが疲労は相当に蓄積されていよう。熟練の殺手でもこのような場合には休息を要するものだ」


 掌をサッと前に出し、旋風が美夢を制する。穏やかな言葉とは裏腹にその掌から確かな威圧感が発せられているのを、美夢は敏感に感じ取った。


「今は休むがいい」


 これは美夢を慮っているわけではない。強制であり、脅迫なのだ。


「どうして……いえ、何を拘っているのですか」


 敵の消耗を見抜いているなら、任務の遂行のため尚更ここで倒しにかかるものと……プロの殺し屋なら必ずそうするものと美夢は踏んでいた。だからこそ、命に換えてもこの場で彼を返り討ちにして脅威を排除すると決めていたのだ。それだけに、旋風のフェアプレイとでも言うべき態度は不気味だ。


「貴公は強い」


 あくまで構えを解かない美夢に対し、旋風が言う。


「かつて中国に、明王朝の復興を夢見て清の皇帝に抗いし英雄たちが居た。彼らの身につけた少林拳はまさに天下無双で、並み居る清軍の兵を薙ぎ倒していったと言う。だが時は流れ伝説は風化し、彼らを輩出した南少林寺は最早その実在すら誰も信じてはいない」


 そう言って遠い目をした旋風だったが、俄に眼力を発して美夢を指差した。


「だが、今その“伝説”が我の前に立っている。若かりし頃の我が胸を踊らせた古の少林拳、その使い手がな。林美夢……まっこと奇妙な出会いよ」


「話が読めません」


《つづく》

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