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5-11

 松風が意図を測りかねて困惑した隙に、美夢は満身の力を込める。腕を、首を、背中や腰を、使える筋肉を総動員して力いっぱいに弦を手繰れば、ついに松風が窓枠から足を踏み外した。


「おわ……くっ!」


 落下する松風。しかし彼は冷静だった。ここぞとばかりに弦を引き絞り、落下の勢いと合わせて一挙に美夢の息の根を止めようとする。しかし、それは美夢も織り込み済みのこと。


「とりゃーっ!!」


 松風が己の方へ弦を手繰ると同時に、美夢は窓から飛び出した。引っ張られるのに合わせてまず上体を乗り出させ、次の瞬間、窓枠を支点として前転。相手の動きに同調することで首へかかる負荷を相殺しながら、完全に空中へ脱出することに成功した。


「マジかよ」


「大マジですっ!!」


 両者の距離が詰められ、弦が空中でたわんで威力を失う。然る後、万有引力が平等に作用し、松風を美夢の間合いの内側へと誘う。彼が急ぎ懐の武器を取り出そうとした時、既に美夢はその脚を月光に高々と掲げ、彼の顔面に踵を打ち下ろさんとするところだった。


「ぜえいっ!!」


 美夢が気合を発し、豪快な空中浴びせ蹴りが決まった。


「ぶはっ……!」


 松風の顔面が潰され、折れた鼻から血が溢れ出る。交錯した美夢と松風は折り重なり、諸共に落下していく。一般的な建物の2階はそれほどの高さではない。墜落まで1秒とかからないだろう。加えてお互いに武術を修めた者同士、例え無防備な体勢だったとしてもこの程度の自由落下は致命傷にならない。


「これでっ!!」


 が、美夢の攻撃はもう一段あった。素早く体勢を入れ替え、松風の両腕を捉える。加えて土手っ腹を足で踏み付け、強引に彼の体をくの字に折る。そのまま降下し、彼の体を腰から地面に叩きつける。


「終わりですっ!!」


 再度の気合と共に凶悪なストンピングが炸裂した。地面との衝突と、美夢の踏み付け、ふたつの衝撃が松風の骨肉を両面から破壊する。


「や、やるじゃ……ねぇか。げえっ……!」


 潰されたカエルのような声を上げ、松風が大量の血反吐を吐く。月光の下に晒されたその顔は、長髪が顔の半分を覆った異様な風体だった。口の端からは鮫を思わせる乱杭歯が覗き、己の喀血に濡れてぎらりと光っている。


「アンタみたいなのとやり合う羽目になるなんてなぁ……ひひ、とんでもねぇ仕事を請けちまったもんだぜ、うちのボスもよ……ぐひっ!」


 不気味な笑みを一頻り浮かべた後、松風は痙攣して力尽きた。


「……ふう」


 またひとつの戦いが終わった。松風の腹にめり込んだ足をどけようとした美夢は、彼の背中越しに違和感があることに気付いた。見ると、一棹の三味線が彼の体の下でバラバラになっている。恐らく先ほどまで背負っていたのだろう。


「愛用の楽器が激突のダメージを和らげている……道具とは持ち主に報いるものですね」


 松風の胸はまだ上下しており、辛うじて絶命には至っていない。図らずも感情を揺さぶられた美夢は、戯れにその三味線の残骸を引っ張り出して眺めてみた。


「うん、色艶の良い猫皮です。きっと、よく手入れされていたのでしょう。壊してしまったのが何だか申し訳ないような……ん?」


《つづく》

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