1-6
尻もちをついたまま、私は刺客の言葉の意味を考えた。血筋って……まさかお祖父様と何か関係があるの? 思考を巡らせる間にも、黒衣の刺客はつかつかとこちらへ歩み寄って来る。やばい。疑問に思ってる場合じゃない。早く逃げなきゃ……でもどうやって? 私と出口の間にはアイツが居るし、後ろには窓があるけど、それを開けて這い出す隙なんて与えてくれるわけがない。何よりさっきから足が竦んで動けない。
(何なのこの状況!? 変態に絡まれたと思ったら今度は殺されそうになってるなんて……どんな厄日だよ!? 怖いし、絶望だし、考えたくないし、もう何が何だかわからないけど!?)
私がいよいよパニックを起こしかけたその時だった。後ろの衝立の、手槍の突き刺さっている所からパキパキと放射状に亀裂が走って、上半分がボロボロと崩れ落ちた。向こうの景色が見えるようになって……そこには目を閉じ床に倒れ伏した愛梨ちゃんの姿があった。
「愛梨ちゃん……!」
瞬間、震えてた脚に感覚が戻って、私はバネのように跳び出して愛梨ちゃんの側へ這い寄った。
「愛梨ちゃん、愛梨ちゃん大丈夫!?」
「……う〜ん……もう飲めにゃい」
何度か揺すると、緩んだ口元から寝言が漏れた。良かった、気を失ってるだけみたい。多分、私と話してたのは途中から愛梨ちゃん本人じゃなくなってたんだろう。そして愛梨ちゃんを眠らせて入れ替わってたのが、今目の前に迫ってるアイツだ。
「その先生は薬を嗅がせただけだから心配いらないよ。てか人のことよりさ、まず自分の命が危ないんだからそれ相応の行動ってもんがあるでしょ」
床に落ちた手槍を拾い、私の額に突きつけて来る刺客。見上げてみると、その目元にはどこか失望の色が見えた。
「具体的には、謝罪に哀願、身の程知らずの交渉はたまた逆ギレに等しい恫喝、その他命乞いに類するリアクションだね。殊勝な真似なんかしないでさ、もっと感情曝け出したらどう? ワンチャン助かるかもしれないよ?」
何だこいつ。怖がるなって言ったり怖がれって言ったり、勝手にも程がある。私はあんたを楽しませる玩具でもなければ芸人でもないんだけど? なんだか怖さを通り越して怒りが湧いて来た。
「うっ、うるさい! さっきから偏ったイメージで人を語ってくれちゃって何様のつもり!? 私はそんな単純じゃないし、あんたなんかに見損なわれる筋合いもないわ! 愛梨ちゃんをこんな目に遭わせて……絶対に許さないんだから!」
よし、言ってやった。勢いで啖呵を切ってしまったけど、これ大丈夫かな。状況が悪化するだけな気がする。多少胸がすいたことと引き換えに、私の命が本格的に終わるんじゃない?
「……あっそ。じゃあいいや。キミ、つまんないからもうバイバイだね」
ほらほらほら、奴さんもう遊ぶのやめて殺す態勢に入ってるし。差し迫った寿命を更に縮めただけだったわ。そりゃこんなサディストの言いなりになって醜態を晒すよりかはマシかもしれないけど……死にたくないもんは死にたくないわい。我ながらいくらなんでも軽率すぎたよ。
「死ねっ」
刺客が手槍を振り上げる。先刻の無鉄砲な自分を心の中でビシバシ折檻している間に、いよいよ最期みたい。
(あの家から逃れて、やっと普通の女の子になれたと思ったのに……私の人生こんな所で終わるの!? なんだよそれ!! 私、まだ恋のひとつもしてない。理想の人とも出会ってない。私ひとりを愛して、私だけに傅いて、全身全霊で私を守ってくれる……そんな白馬の王子様とさぁ……小説みたいな恋をしてみたかったのに~~~~~~!!!!!)
生命の危機に呼応して、脳内で煩悩がほとばしる。それも虚しく、刺客は逆手に持った刃を無慈悲に振り下ろす。狙いはばっちり、私の眉間のど真ん中。さらば、ろくでもない私の人生……そんな時だった。
「香織さん!!」
《つづく》