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「ええと、ごめんなさいわたし……わわっ」
顔を近付けて来る美夢さんを出迎えるように、私は勢いよく跳ね起きた。危うくおでこがくっつきそうになる距離で、軽くメンチを切りながら私は言う。
「本当に守ってくれるんだよね?」
「香織さん……! ええ、勿論です」
もう、こうなれば徹底抗戦だ。明日は絶対にメメちゃん愛梨ちゃんと遊ぶ。私の命も私の幸せも、両方妥協しない。そのために美夢さんのことは使い倒してやるけど、同じくらい私も足掻くんだ。
(いざとなったら殺し屋の喉笛を噛み切るぐらいはやらなきゃね……メメちゃんや愛梨ちゃんは私が守る!)
とは言え、無策で挑んでも勝ち目はない。何か手はないだろうか。私が唇を歪めて思案し始めると、美夢さんが炊飯器からごはんをしゃもじですくって、私のお茶碗にパコンと乗せて来た。並盛だったごはんが倍ぐらい追加され、見事なマンガ盛りになる。
「まずはたくさん食べましょう。そしていっぱい寝て英気を養えば、不思議と活路は見えますよ。わたしも少林寺で修行に煮詰まりかけた時、先輩がたにそう嗜められたものです。さあさあ!」
飯盒でふっくら炊かれた、少しおこげの目立つ白米。湯気と共に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、私は喉を鳴らしてお茶碗を手に取った。人を食いしん坊扱いして、全く失礼な美夢さんだよ。ああでもおいしい。味の濃いおかずとごはんの組み合わせってなんでこんなに染みるんだろう。
「もぐもぐ……メメちゃんにはOKって返しとくから。そんで、決心が鈍らないうちにさっさと寝る。明日は6時に起きて作戦会議だから、美夢さんもそのつもりでね」
「心得ました!」
思った通り快諾してくれる美夢さん。そう来なくちゃね。
「では私は朝まで座禅を組んでいますので、香織さんはゆっくり休んでくださいね」
この部屋に余分な布団はない。ベッドは私が使うので美夢さんの寝場所は床の上しかなくなる。加えて美夢さんは殺し屋の襲撃を警戒しなければならないため、取れる姿勢は“座り寝”……すなわち座禅を組んで軽くまどろむ程度なのだ。
「今更だけど……いつも悪いね」
励ましてもらった手前もあって、今日は少し気が引ける私。だが美夢さんは「いえいえ」とかぶりを振った。
「全て承知の上での契約ですから、お気になさらないでください。それに座禅の回復効果は凄いんですよ。適切な覚醒レベルを維持すれば、肉体の治癒を活性化させながら精神のリラクゼーションも行える最高の健康法なんです。姿勢もよくなりますし、内筋が鍛えられてスタイル向上にも役立ちますしね」
「……ちょっと気になるから、後で資料くれる?」
もし生き残れたら美夢さんみたいな抜群のプロポーションを目指すから。
「残念ながら少林拳の極意は口伝か古文書が基本ですので……お見せできるようなものはありませんね」
ちくしょう。
「コホン……とにかく美夢さんの疲れは心配しなくていいってことね。じゃあ私は歯を磨いて寝るから。ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
「……フン」
嬉しそうな笑顔を向けて来る美夢さんに少々照れてしまい、私はプイっと背を向けて洗面所へ向かう。
(何だよ、屈託のない顔しちゃって。美夢さんが根っからの聖人とかじゃないとしたら、過去の私は一体どんな恩を売ったんだか。……それも、これが終わったらちゃんと聞くんだ)
《つづく》




