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低い声でメメちゃんが呟き、小走りで教室を出て行く。私を一瞥したその顔にはあまりにも冷めた表情が浮かんでいて……そのイメージが脳裏に焼き付いて、その後の授業は全く頭に入らなかった。
〜〜〜
「……ただいま」
「あっ、おかえりなさい香織さ……どうしたんですかその顔!?」
放課後になり寮の部屋へ戻って来た私に、美夢さんが戸惑いの表情で駆け寄る。先に述べたように美夢さんは登下校の時は私を遠巻きにガードしてるんだけど、部屋のドアを開けるといつもこうしてお出迎えしてくれる。私に毎日おかえりを言うという謎の使命感に駆られて、到着直前に先回りしてるんだろう。でも彼女のそんな拘りを讃える余裕は今の私にはない。
「何よ、人の顔見てそれは失礼なんじゃない?」
美夢さんの横を強引に通り抜け、私はベッドに倒れ込む。どうにも神経が擦り減ってしまって、いっそ眠いぐらいに心身が疲弊している。殺し屋に襲われた後ですら、こんな不調は来さなかったと思う。だからかな、後ろで美夢さんがオロオロしている気配がするのは。
(きっと私、ゾンビか幽霊みたいな顔色してるんだろうな。……結局、あれからメメちゃんと話せなかった)
今朝、教室から出て行ったメメちゃんは一限が始まる頃には戻って来た。でも私とは目も合わせようともせず、休み時間も机から微動だにしないまま。後ろの席に座る私は、そんな彼女のヒリついた背中を眺めながら一日を過ごしたわけだけど、これがなかなか堪えた。
「か、香織さん……大丈夫ですか? 帰り道でも足元が覚束なかったですし、具合でも悪いんじゃ?」
美夢さんが不安そうに寄って来て、制服のシワなどをちょいちょい引っ張りながら聞いて来る。心配してくれるのはありがたいけど、その上擦った声が無性に煩わしくて、私はうつぶせのまま腕を払って美夢さんを追い散らした。
「何でもないから。ちょっとほっといてくれない? ……ごはん出来たら声かけて」
「は、はい」
おずおずと引き下がる美夢さん。我ながら態度悪いなと思うけど、今まともに取り合えば私はきっと彼女に暴言をぶつけてしまう。それはしたくないからしょうがないのだ。
そのまま数十分が過ぎ、私は美夢さんに呼ばれて食卓についた。今日の晩ごはんは見たところ八宝菜。中華出汁としょうがで優しく味付けされたあんが葉物の野菜にからんで、何だか目にも優しい気がする。美夢さんのことだから、憔悴した私を労わってこういうチョイスになったんだろう。
「いただきます」
静かに感謝しながら、豚肉と白菜を一緒に頬張る。するとあんに閉じ込められた旨味と熱が口の中に溢れ、私はびっくりして軽く飛び上がった。
「あふっ、あひひ……あふいっ!」
「香織さん!? 香織さん大丈夫ですか!? ああどうしましょう……そうだお水を!」
慌ててテーブルでもひっくり返しそうな美夢さん。私はとりあえず掌を突き出してそれを制止し、一方で口の中のものをゆっくり咀嚼する。幸い火傷するような温度ではなかったので、落ち着いて噛めば普通に飲み込むことができた。全く私ったら、ぼーっとしながら食べるからだぞ。
「……ふう、焦った。これおいしいね。好きな味」
美夢さんを安心させるために私は敢えて素直な感想を口にする。慌てた反動でなんか人心地ついちゃったのは事実だしね。
「香織さん、何かお悩みですか? 何だか心ここにあらずと言うか……辛そうです」
「別に……」
とは言え美夢さんに事情を話す気にもなれず、私が取り繕おうとしたその時だった。側に置いていた携帯が短い通知音を鳴らし、LINEメッセージの着信を報せた。通知バーに現れた名前は、今日ずっと口を閉ざしていた綿貫メメその人のものだった。
《つづく》




