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私は眉をひそめ、自分の記憶を手繰ってみた。もちろん金塊そのものをドンと貰ってたら忘れるわけないから、どこかに保管されてる金塊の所有権を保証する書面とかデータとかなんだろう。或いは金庫の鍵とか宝の地図とか? 可能性は色々考えられるけど、そもそもそんな物ですらお祖父様から託される暇はなかったんだ。
「……ごめん、心当たりないや」
「そうですか……しかし、これは重要なことです。今一度、そちらへ持ち出した荷物を全て検めてはいかがでしょうか。いえ、必ずそうすべきです。今は災いの種ですが、手中収めることでいつか香織様自身の武器になる筈ですから」
向坂さんの言うことには筋が通っている。もし黒幕の正体がわかっても、私が金塊というカードをちゃんと握っていなければ交渉にすら持ち込めないもんね。
「わかったよ向坂さん。色々ありがとう」
そうして向坂さんとの電話を終えた後、私はすぐ寮の部屋を引っ掻き回してそれらしきものを探してみた。でも金塊に関する物は何も見つからなくて、この件は一旦置くことにした。これが現況その1だ。
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次に殺し屋との戦いのことだ。これは心の底から辟易する。橋の下で襲われたのが土曜日のことで、週末が過ぎて平日があったわけだけど、その間実に3回の襲撃があった。ほぼ1日おきに命の危険に晒されて、その度に私は九死に一生を得たわけで……こうなって来るともう怖いとかじゃない。ただただうんざりしちゃう。
「敵からすれば、殺手と呼ばれるエリート構成員を立て続けに2人も潰されましたからね。今は手数で攻め立てこちらの戦力を削ぐつもりなのでしょう」
これは美夢さんの言。言われてみれば疾風や玉風のような仰々しい手合いはここ数日来ていない。一般人に変装して近付き、数人がかりで襲って来るが一人一人はそれほど強くない。もちろん私の力ではどうにもできないが、美夢さんが駆けつけさえすれば瞬く間に蹴散らされてしまうのだから明らかに質が低い戦闘員だ。
「さしずめ、殺手を目指して研鑽を積んでいる一般の兵隊というところでしょうか。ああした中から何人かが頭角を現し、組織の主戦力となっていくのでしょう。わたしにかかって来る彼らの目は皆血気に満ち溢れていました……ああいう目は少林寺の修行仲間たちも同じでしたから、つい懐かしくなってしまいます」
なんて、美夢さんは余裕ぶっているけど実はかなりしんどいんではないかと私は疑っている。ここ数日、私が戦闘員たちに襲われる度にすぐ飛び出して助けてくれていた。道を歩いていて不意に物陰に引き込まれた時も、両側にトラックが乗り付けて囲まれた時も、視界に映る通行人が全員敵の変装だった時も、美夢さんは10秒と待たずに現れた。聞けば、ずっと私に付かず離れず見守ってくれているのだという。
「人数を割いて舞台を整え、ターゲットを包囲するのが兵隊の戦法のようですからね。常に張り付いていないとあっと言う間に手遅れになるでしょう。わたしのことは気にしないでください。座禅で軽くまどろめば大抵の疲労は癒えますから」
本当かよと思うが、美夢さんがそう言う以上こちらは飲み込むしかない。昼の警護も寝ずの番も、やって貰わなければ私の命が危ないんだもの。
(まあ、報酬はちゃんとあげてるしね!)
敵を撃退する度に、美夢さんはしっかり私に体での労いを要求して来ている。この平日で発生した戦闘員との戦い計3回に対して、支払った報酬は以下の通りだ。
①美夢さんの膝に私が座って、頭皮の匂いを嗅がせてあげる。当初は後ろからの抱き締めの予定だったけど美夢さんが日和ったのでこの形に。
②お互いの両手指を絡め正面からの見つめ合い。美夢さんの瞳に私が映っているのが見えるほどの近さで流石に私も照れたが、美夢さんが先に過呼吸になり終了。
③うつ伏せになった美夢さんの背中に私が乗って踏み踏みしてあげる。美夢さんは私の足の裏の感触がどうとか色々言ってたけど、要するにただのマッサージ。
《つづく》
 




