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私が実家から殺し屋を差し向けられるようになって、美夢さんと同居するようになって、一週間が経った。その間、色々あったと言えばあったし、何も進まなかったと言えば何も進まなかった。とにかく考えることが多すぎてしっちゃかめっちゃかになりそうだから、とりあえず現況を整理してみよう。
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まず実家への探りだけど、これは昨日、向坂さんから連絡があった。
「香織様。ああ良かった、お出になられた。ご無事だったのですね」
電話越しの向坂さんの声は震えていた。心配してくれていたのだろう。私が小さい頃から変わらないその優しさに感動しつつ、私は頼んでいた調査の結果を聞く。
「何とか生き残ってるよ。で、向坂さん。あれから何かわかった?」
「申し訳ございません、わたくしなりに家中の様子を伺っていたのですが目立った動きはなく……」
「そっか。ごめんね無理言って」
向坂さんは家に仕えて長いから、一族の者の動向をそれとなく探るのはわけもないことだ。たった一週間の調査期間とは言え、彼に何もわからないとなれば相手も用心しているのだろう。或いは、殺し屋に私の暗殺を依頼した時点で最早動く必要がなくなったか。
「ただ、紗雪様に関してはひとつ言えることが。“例の物”……すなわち大旦那様が隠し持っていた莫大な金塊について、紗雪様はあまり快く思っていないご様子でした。お家の事業も無事引き継がれ、一族がようやくまとまりを見せている時に大旦那様も余計な遺言で波風を立ててくれたと」
「欲しがってないってこと?」
意外だった。一族の者であれば、お祖父様の遺産は何であれ自分の物にしたがると踏んでいた。特に長女の紗雪お姉様は野心家だから、黒幕の第一候補に上げていたんだけど。
「お姉様がそんな考えを持っていたなんてびっくりだわ。でもそんな言い方をするってことは、金塊が私に渡るっていう情報はお祖父様の口から直接出たことなのね」
「そのようです。お亡くなりになる直前、まさに今際の際にごきょうだいの前で仰せられたとか」
「向坂さん……ナイス情報だよそれは」
私のきょうだいは3人に居る。お祖父様が彼らに告げたということは、私を狙う黒幕もその中に居るということだ。お父様や親類は軒並み候補から外れる。そして紗雪お姉様を外すとすると……。
「正人お兄様と、翔瑠お兄様。容疑者はこの二人ね」
長男の正人お兄様はお父様に似て冷徹だから、私一人を消すことなんて何とも思わないだろう。次男の翔瑠お兄様は……どうだろうか。私の知る限りそういう人柄ではない気がするけど。でもまあ、それでも一族の者だ。警戒するに越したことはない。
「ありがとう向坂さん。また何かあったら連絡して。ただ、くれぐれも自分の身は守ってね」
敵の正体を知ることは攻めるにも守るにも有利な筈だから、向坂さんにはどうにかして殺しを依頼した張本人を突き止めてもらわなきゃならない。彼の健闘を祈りながら私が電話を切ろうとした時、向坂さんが「お待ちを」とそれを引き留めた。
「香織様、大旦那様から何か受け取ったものはございませんか?」
「えっ?……ないけど」
脊髄反射で答える私。お祖父様に胡麻を擦って今の学校に入れて貰ってから、私は一度も療養所を訪ねていない。本来私も用事がなければお祖父様に挨拶なんてしないし……何か餞別を貰うタイミングもなかった筈だ。私の返事を聞いて向坂さんは「うむ……」と唸っているけど、何か大事なことなのだろうか。
「香織様のお命が狙われているということは、黒幕個人の力ではもはや金塊の所有権を我が物にできないということ……つまり、金塊は既に何らかの形で香織様の手にあるのではないでしょうか?」
「私の手に? 本当かなぁ」
《つづく》




