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そう。美夢さんは今さっき、帰国して私の元へ直行したと言った。会話の流れで自然に出たことだけど、これはかなり重要なヒントなんじゃないか。美夢さんは何も私を探して全国を行脚するつもりなんかなかったってことだから。
(美夢さんは、私が今の学校に入学することを知ってたの……!?)
背筋に緊張が走るような事実に行き当たり、私は食べる手を止めて美夢さんを見つめる。当の美夢さんは自分の失言に気付いていないのか、巨大な二枚重ねのワッフルをどこから食べるかフォークを迷わせ続けている。いや、はよ食べろって。
「……ねぇ、美夢さん」
私は恐る恐る、頭に浮かんだ疑問を口の端に乗せる。私が高校を決めた理由、美夢さんの落とした手掛かり、そして美夢さんの言う“あの時”が少なくとも10年以上前であること。それらを考え合わせると、答えは一つに決まって来る。
「私と美夢さんって」
と、私が核心的な問いかけをしようとしたその時だった。
「かお? どしたんこんなとこで」
私にはとても聞き慣れた声が、ボックス席の横合いから投げかけられた。少し間延びした、それでいて鈴を鳴らすような可愛らしい声……私の友達、綿貫メメちゃんがそこに立っていた。
「メ、メメちゃん……?」
私と同じように、メメちゃんも街歩きが好きな子だ。私にカラオケの誘いを振られて、一人の休日をウインドーショッピングで潰していたとしても不思議ではない。そして、この辺に水準以上の繁華街なんて一ヶ所しかないわけで。でも、まさか、鉢合わせしちゃうなんて。
「ち、ちちち違うの。これはっ」
己の犯した失態を悟り、私は思わずスプーンを取り落とす。肉厚なステンレス鋼が机にバウンドし、そのけたたましい音が焦燥感を更に煽り立てる。
「これは違うの〜〜っ!」
「いやめっちゃキョドるじゃん。調子悪いって言ってたから心配してたんだケド、もう良くなったんか?」
メメちゃんは私の動揺ぶりに面食らったようだが、やがて視線をボックス席の向かい側に移す。そこでは美夢さんが今この事態を把握しかねており、目をぱちぱちさせて一人困っている。メメちゃんは勘が良いから、この成人女性が何者かはすぐに思い至ったことだろう。
「ああ〜……オケオケ。そういうことね」
メメちゃんの視線が泳ぎ、立ち姿が思う所ありげに斜めに傾く。違うのメメちゃん。誤解なの。全然オケじゃないから。
「良かったじゃん、謎の溺愛おねーさんと仲良くやれてて。まあ、二人きりでデートしたいならそう言ってくれればいいのに〜とは思うけど」
「うぐぅ……!」
メメちゃんがちょびっと滲ませた批難のニュアンスに、私は返す言葉を持たなかった。前後関係を整理すれば、私は何も美夢さんと出かけたいがためにメメちゃんの誘いを蹴ったわけじゃない。でも、成り行きとは言えわざわざ同日に美夢さんと遊んでいるのは紛れもない事実だ。もっと言えば、メメちゃんとのLINEで体調が悪いと嘘の返事をしたことも。
「……ごめん」
謝ることしかできない私。ここで何を言い訳しても寒いだけだし、メメちゃんに非礼を働いた事実は変わらないから。
「いやいや、ウチこそごめん。邪魔しちゃ悪いから退散するね。フフン、幸せなヤツめ~~このこの!」
そうおどけながら私を肘で小突き、メメちゃんはカフェを出て行った。私はその後ろ姿を見送ったまま、しばらく固まって動けなかった。
「ええと、香織さん……?」
美夢さんが心配そうに声をかけて来る。流石の美夢さんでも、自分の存在で空気が微妙になったことは察しているのだろう。
「なんか……すみません。でも良かったじゃないですか、お友達がわかってくれて。やっぱり優しい人って優しい人と惹かれ合うのかなーなんて、あはは」
「……わかってない」
「はい?」
「わかってないよ美夢さん」
反対側に座ってる美夢さんからは見えなかったかもしれないけど、私はばっちり見てしまった。私に背を向ける瞬間、メメちゃんの口の端が苛立つように歪んだのを。あれは奥歯を噛み締める仕草……メメちゃんが最大級に機嫌を損ねた時の顔だ。
「どうしよう……私、メメちゃんに嫌われちゃうかも!」
美夢さんの方を振り返った私の顔は、見事な泣きっ面だったに違いない。友達を守るため、一緒に居るのを我慢しようと決めたばかりなのに……果たして私のメンタルは持つのか。多分盛大にヘソを曲げてしまったメメちゃんをなだめることはできるのか。
殺し屋による命の危機以外に、思わぬ所で発生した新たな問題。それは私の心の栄養分に関わる一大事……幸せの危機と言って差し支えないものだった。
《つづく》




