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「わたし思うんですけど」
道すがら、両腕に紙袋をいっぱい提げた美夢さんがこんなことを口にした。
「殺し屋って普通、人目を避けて襲うじゃないですか。特にあの血影衆は忍びの系統に連なる集団のようですから……目撃者をゼロにすることには細心の注意を払うでしょう。ということは、下手に逃げ隠れして孤立するより人に交じって過ごしていた方が安全なのでは?」
「あー、そうなの……かな? う~~~~ん?」
私は考え込んでしまった。確かに、玉風の時なんかはまさにそうだった。私が内密の電話をするために屋上でぽつんとしていた所を狙われたからね。疾風の時だって、放課後の保健室という殆ど誰も訪れない場所が襲撃場所に選ばれた。常に衆人環視に身を置くことは、殺し屋を避けるのに有効なのかもしれない。
(こういう人通りの多い街で遊ぶ分には、メメちゃんを危険に巻き込まずに済むのかな。だったら今回のお誘いだって断らずに……いや、でもカラオケでしょ? カラオケって逃げ場がないし、店員も回って来ないから危険じゃない? 個室に真正面から乗り込まれたら、対処のしようがなくない?)
疾風が愛梨ちゃんを眠らせたように、ターゲットの同伴者一人ぐらいならその場で無力化して事を運ぶのが敵のやり方だ。戦闘力のない一般人の目がいくらあった所で、それは何の保証にもならないのだ。
(それに……友達を人間の盾にするような真似、したくないよ)
やはり無理だ。現実的に考えても、私の心情を考えても、メメちゃんを危険に晒しながら遊ぶなんてするべきじゃない。殺し屋の脅威が去るまで我慢の一手、それしかないのだ。
(ごめんねメメちゃん。早く打開策を見つけて……またいっぱい遊ぼうね!)
寂しさと心苦しさを胸元でぎゅっと押し留め、私は美夢さんを引っ張って駅前のカフェに入って行った。メメちゃんと街ブラした日にはいつも最後に寄る所。それだけに一人で入ると侘しくなってしまうから、ここも美夢さんに付き合って貰うのだ。勿論、奢りで。
「おおお……甘味なんていつぶりでしょう」
そして今、美夢さんはホイップクリームのたっぷり乗ったワッフルを前に声を震わせている。私はボックス席の向かいで抹茶パフェの二層目あたりをほじくりながら、それを見てクスリと笑う。
「少林寺って甘い物も駄目なの?」
「それはもう。修行者の食事はお米か饅頭、それから豆と菜っ葉ぐらいのものです。元々甘党というわけでもなかったのですが、3年目あたりから流石にスイーツが恋しくなりましたよ」
遠い目をする美夢さん。極度にストイックな食生活は言葉以上に辛かったんだろう。実際、私なら一ヶ月も経たずに音を上げる自信がある。健康には良いのかもしれないけど、砂糖と乳脂肪って心の栄養源じゃんね?
「そんなに飢えてたなら、帰国してすぐカフェでもフルーツパーラーでも駆け込めば良かったのに。それはしなかったんだ?」
私がそう茶化すと、美夢さんは間を置かず「ええ」と頷いた。
「飛行機を降りた後はこっちへ直行しました。すぐにでも香織さんと再会したかったので」
「……あっそ」
美夢さんの率直すぎる台詞を生返事でかわし、私は寒天に包まれた小豆の塊を頬張る。ぷるぷるした食感と濃縮された甘さに口の中がムズムズして、照れのこそばゆさが紛れる気がした。
(全く……私のことばっかりかよこの人は。私がどこの学校に居るかなんてわからなかっただろうに、よく探したもんだよ。もし会えなかったら日本中を旅してたんじゃないの? 家はないから基本野宿で……)
甘味を咀嚼しながらそんなことを思う私だったが、その時ふと自分の頭の中の論理に違和感を覚えた。
(いや待て待て。そもそも全国に何百とある高校の中からノーヒントで私一人を探せるものなの? まあ美夢さんだし謎の嗅覚とか運命力とか持ってるのかも?……いやいやいや、確率が天文学的すぎるよ。奇跡にしても出来すぎじゃない?)
《つづく》




