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「……急にどしたん?」
いつもの愛梨ちゃんはこんな哲学なこと言わないし、私に聞いても来ない。この一瞬で何か心境の変化があったとも思えないけど。
「純度の高い“力”……つまりは殺傷のための力ね。文明が発達すればするほど、そうした暴力の持ち主は爪弾きにされていく。当然よね。組織間の争いは兵器を使った方が効率がいいし、腕っぷしの強さだけで人心を掌握できる時代なんてとうに過ぎてるもの。ならば、暴力に長けた者は一体何を生業にすればいいのかしら? 素人相手のジムトレーナー? 地域住民に護身術でも教えて防犯に貢献する? それかいっそ、己の欲望のため略奪を働くのがいいかしら?」
黙って聞いていると、やっぱり様子がおかしい。
(愛梨ちゃんが話してるうちにヒートアップするのはよくあるけど、方向性が違いすぎるよ。衝立の向こうで喋っているのは……本当に愛梨ちゃんなの?)
言い知れない不気味さを感じた私は、なるべく音を立てないようにベッドから立ち上がった。衝立の向こうに居る人物に気付かれず、ここを立ち去るためだ。さっき変な人に会ったこともあり、なんだか無性に身の危険を感じる。今日は早く寮に帰ろう……そう思い、私が保健室の出口に向けて一歩踏み出そうとした時だった。
「最良の選択はね?」
衝立の向こうからじゃない。私の頭上から声がした。反射的に首が上を向く。
「その暴力を有効活用してくれる者の下につくことさっ」
天井から声が振って来る。真っ黒な装束に身を包んだ人物が、蜘蛛みたいに天井に貼り付いて私を見下ろしている。勿論、愛梨ちゃんなんかじゃない。私が驚きで硬直した一秒足らずの間に、その人物は天井を離れてこちらへ落ちて来る。胸の前に構えた手には、何か黒々とした……でも確実に鋭利な武器が握られていて……
「お命、頂戴っ」
「う……うわあああっ!!」
私はすんでの所で体を捻り、自由落下からの刺突を避けた。何何何、この人、私の命を頂戴って言った? もしかして……いや確実に、私を殺すつもりだよね?
「あれれっ、よく避けたね。こんな事態は想定済みってことかな」
床を転がって器用に着地し、謎の刺客がこちらを見る。黒いおさげ髪に黒い和服、カラスみたいに全身真っ黒な女の人。ズボンの裾が脚絆で絞られてるから、まるで忍者の忍び装束みたいだ。手に持っているのは長さ50cmぐらいの……手槍っていうのかな。これも墨を塗ったみたいに黒い。
「そんなに怖がらなくていいよ。大人しくしてれば、何も感じないうちに終わらせてあげるからね」
目を糸のように細めてそんなことを言って来るけど、冗談じゃない。はいそうですかなんて観念する馬鹿は居ない。大体こちとら自分がなんで襲われてるかもわからないってのに。
「あ、あなた、一体何の……わっ!」
後退りながら相手を問い詰めようとした私だったが、ベッドのキャスターに躓いて転んでしまった。
シャキン
一瞬前まで私の頭があった所を手槍が通過して、後ろの衝立に突き刺さった。
「ヒッ……!」
嘘でしょ? 投げる素振りなんて全然見えなかった。コンマ数秒の違いで自分がこの世とお別れしていた事実に、私の血の気が引いていく。
「へえっ、なかなか悪運も強い。やっぱり血筋なのかな。危機管理能力が高い……やましくて、後ろ暗くて、いつも他者からの敵意に怯えてる血筋。そこんとこどう?」
「ど、どどどどうと言われても」
《つづく》