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美夢さんはやっぱりまだ腑に落ちなさそうだけど、後は知らん。その頼りなさげな微笑みの裏で好きに悩んで勝手に立ち直るといい。とにかくこれで手打ちだ。私の貴重な休日を、これ以上ジメジメさせるわけにはいかないからね。
「……香織さんは凄いですね。あの時も、今も、わたしのお尻を叩いてくれる。こんなわたしでも、何かできるならしてみたいって気持ちにさせてくれる。今、貴女という人を守れて本当に幸せです」
しみじみとそう言う美夢さんの、表情はとても微妙なものだった。笑っているような、泣いているような……そもそも美夢さんは私の覚えていない過去の私を思い浮かべてるから、見えてるものが違いすぎてわからないんだ。
(だから、その“あの時”のことを教えろって言ってんのに。事あるごと持ち出す癖して、肝心の内容を話す気配は全然ないんだから……本当にこの人は厄介というか矛盾してるというか)
極度の構ってちゃんなのか、それとも自分にだけわかっていればいいと本気で思っているのか。いずれにせよ、美夢さんは私と踏み込んだコミュニケーションを取るつもりはないんだろう。
(ほんとしょうがない奴。大人の癖に!)
心の中でそう吐き捨ててから、私は立ち上がる。今は美夢さんの気が変わらないうちに出発しなきゃ。
「ほら、早く行くよ。荷物持ちが遅れてどうすんのよ」
しゃがみ込んだままの美夢さんに手を差し伸べると、美夢さんはにっこりと微笑んでその手を取った。
「ええ。香織さんからの労いデート、ありがたく頂戴しますね」
「ばっ……!」
テメェこの野郎、隙を突いてとうとう言いやがったな。
「違うから! これはあくまで罰だから! 話聞いてた!?」
「あはは、これは失礼しました。では大人しく刑に服するとしましょうか……」
美夢さんが手を引き、顔を赤らめた私がそれに続く。私としては粋な計らいをしたつもりだったんだけど……我ながら口程にもないね。結局はいつもの美夢さんのペースに乗せられちゃうんだから。
〜〜〜
市バスに乗って繁華街の方へ出ると、休みの日だけあって結構人通りがあった。そんなに栄えてもいない地方都市だけど、週末ぐらいは当たり前に賑わう。決して寂しくもなく、さほど煩わしくもない……程良く人の体温が感じられるこの町並みは、去年移って来てから好きになった。
私は美夢さんを従えて、普段ソロで回るようなお店を全部回った。新刊がズラリの大型書店に、安くて丈夫な服が目白押しの量販店、たまに寄りたくなる薄暗い雑貨屋、そして掘り出し物探しが楽しい中古ショップ。何だか自分の陰気な趣味を開示してるみたいで躊躇われる瞬間もないではなかったけど、美夢さんと回る新鮮さの方が勝ったのかそう悪い気はしなかった。
(何となくわかってたけど、美夢さんって聞き上手だし多分相手のペースに合わせるのに慣れてる。本当、人にプレッシャーを与えない人柄って言うか……私の楽しみを邪魔しない範囲で適度なリアクションをくれるんだよね。これで下心をちゃんとオブラートに包んでくれて、余計なことさえ言わなければ、恋人として付き合いやすいタイプかもしれない……!)
などとたわけた考えが頭をよぎってしまう程には、私はこのデート……いや美夢さんへの刑罰執行の時間を楽しんでいた。美夢さんは鍛えてるから山のように荷物や紙袋を持たせてもへっちゃらだし、何より遊んでる最中に殺し屋に襲われたとしても即応戦してくれる保証があるから存分に羽を伸ばせる。元はと言えば私だってリフレッシュを求めていたから、癪だけど結構助かっちゃってるのだ。
(メメちゃんとはしばらく遊べなさそうだからなぁ。別に美夢さんを代わりにするわけじゃないけど、こんな状況でもちゃんと息抜きができるのは素直に嬉しいかも。美夢さんが居なかったら、例え命があったって怯えて引きこもることしかできなかっただろうから)
《つづく》




