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曇りのない目を私に向けながら、例の如くな妄言を言い出す美夢さん。こいつ……今までの神妙な流れで普通に性欲スイッチ入るのかよ。何者だよほんと。
「リプレイしなくていいから。消去していいから……全くもう」
呆れてしまう私だったが、美夢さんが少しいつもの感じに戻ってくれたのは内心助かっていた。元から腰の低い人がそれ以上に凹んじゃったら相手しにくいもんね。
「しょうがないからもう言っちゃうけどさ、手がこうなっちゃうぐらいさっきは怖かったから……助けてくれてありがとうってこと!」
「そんな、わたしは……」
美夢さんはブンブンと首を振って謙遜する。本来なら察して欲しい所をわざわざ口に出したんだから、そこは快く受け取って欲しいんだけど。
「わたしなんか……全然ですよ。香織さんの体にも、心にも、傷一つ付けさせないよう守れなければわたしがここに居る意味がないんです。所詮わたしなので……決めたことぐらい完璧にやらないと駄目なんです」
どうやら美夢さんはまだ本調子ではないらしい。まさかこんなに自己肯定感の低い人だったなんて……そろそろ私もめんどくささを隠しきれなくなって来るから早めに立ち直って欲しいんだけど。
「私が許すって言っても駄目なんだ?」
「いっ、いえ! そういうわけでは……でも、そのぉ……」
これ以上問答しても美夢さんを困らせるだけのような気がする。埒が明かないと感じた私は、意を決して美夢さんの手を振り払った。
「あ〜もうめんどくさい!」
ぐちぐち言われながらずっと揉みほぐされていたおかげで、左手はすっかり自由に動くようになっている。私はその手で美夢さんのジャージの襟をぐいっと引き寄せ、シケた面をした彼女にメンチを切る。
「そんなに私の感謝を受け取りたくないなら、逆に罰を与えてあげる」
「ひえっ……ば、罰ですか?」
予想だにしなかった言葉が私から飛んで来て、一丁前にビビってる美夢さん。私は勢いのままにその罰の内容を宣告する。
「これから一緒に街へ出て、私の気晴らしに付き合うこと! 私の気が済むまで連れ回されて、荷物持って、休むことなく私のご機嫌を取り続けて貰うから。どう? 相応の重罰だと思わない?」
「……へっ? 香織さん、それって」
キョトンとする美夢さん。あまりに恐ろしい罰に言葉も覚束ないようだ。
「幸いまだ日も高いわ。せっかくのお休みなんだし、遊ばなきゃ勿体ないじゃん。美夢さんがついててくれるなら、もしまた襲われても安心だし。美夢さんは私を楽しませつつ、ちゃんとガードしててよね」
「いや、香織さん。その」
「勿論、食事やお茶が発生した時は全て美夢さんの奢りだから。私の胃袋も守るって大口叩いたからには、嫌でもやって貰うからね? あとそれから……ちょっと美夢さん? ちゃんと聞いてる?」
「あっ、はい。大丈夫なんですけど、それってその、デー……」
ええい皆まで言うな。罰だって言ってるでしょうが。無粋な突っ込みを入れようとする美夢さんの襟首を、私は両手で掴んで交差。首を絞め上げて黙らせる。
「ぐえぇ!……か、香織さんギブ! ギブです! わかりましたっ……慎んで罰を受けさせていただきます!」
美夢さんが私の腕をタップしてとうとう降参した。拳法の達人が、女子高生が見様見真似でやる護身術に負けちゃっていいのかと不安になるけど、物分かりがいいのは感心なことだ。
「よろしい。じゃあこれで私への負い目はゼロになるよね。次またクヨクヨしてたら絞め落としちゃうんだから」
「……ええ、わかりました」
《つづく》




