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「……わたしがいけなかったんです。わたしが敵を捌ききれなかったばかりに、香織さんの柔肌にこんな傷を……ごめんなさい! 本当にごめんなさい……!」
「大丈夫、大丈夫だから。全然痛くないからそんなに大騒ぎしないで……あとさり気なく柔肌言うな」
私は何だか気恥ずかしくなって来て、美夢さんの頭を平手でベシッと叩いた。こんなにオロオロするなんて、終いにはこっちの方が心配になるぞ。
「私の命は助かったんだから、それでいいじゃん。美夢さんはちゃんと契約通りの仕事してるよ」
それに、今回は敵が6人も居た。結果として1人すり抜けて私の方に来ちゃったけど、むしろそれで済んだのは大健闘だと思う。その1人もすぐに倒してくれたしね。事実、私からは何の文句もないんだ。
「それでも、自分が許せません……」
私の膝小僧に向かって告解でもするかのように、美夢さんは深く俯く。何をそんなに拘ってるのかわからないけど、この人は並一通りのフォローでは納得しないだろう。どうしたものかと頭を捻った時、私は自分の手先に違和感があるのに気付いた。
「……じゃあ、ひとつ頼んでいい?」
さっき刺客の手から奪ったハンマーを、私はずっと左手に持っていた。その左手だけど……いつの間にか柄を握り込んだまま筋肉が固まってしまって、動かないのだ。
「やっぱ怖かったみたいでさ……あはは、ガチガチになっちゃって取れないんだよね。美夢さん、これ解いてくれない?」
「香織さん……!」
私がハンマーごと左手を差し出すと、美夢さんは感極まったようにそれを自分の両手で包みこんだ。
「こんなに怯えさせてしまって……ごめんなさい。わたしは護衛失格です」
「そういうのいいから、早く何とかして」
私がピシャリと言うと、美夢さんもいい加減くどいと悟ったのか黙って私の手をマッサージし始めた。手の甲や指の表面を掌で擦ったり、拳を作っている指の間をなぞるように指圧したり、体温を伝えるように手全体をぎゅっぎゅっと揉み込んだり。
(あ、これ気持ちいいかも。緊張した筋肉がじんわりほぐれてくし……ツボが刺激される感じがする。そう言えば鍼灸とか按摩って東洋医術だよね。美夢さん、少林寺でそういうの習ったりしたのかな? 修行で日々肉体を酷使するんだろうし、きっと自分で自分をメンテできないと持たないよねぇ。少林寺秘伝のハンドマッサージ……なかなかどうして、悪くない)
頑なに固まった手指がだんだん柔らかくなってきて、緩く曲げ伸ばしできるようになっていく。美夢さんはその隙間からハンマーを抜き取って地面に置くと、改めて私の指を一本一本手に取り、自分の親指と人差し指で挟んで丹念に指圧していく。
「痛くないですか?」
「ん〜、大丈夫……」
時折私の表情を上目遣いで窺いながら、美夢さんはまるで壊れ物でも扱うかのように丁寧な施術を続ける。その力加減の優しさに、私は心地よさを感じながらも少しもどかしくなる。
「……ねぇ美夢さん、もっと強くしてくれていいよ。ちょっと痛いぐらいが……んっ、気持ちいいから」
と、率直なオーダーを伝えてみる私。だけど言ってる途中、美夢さんの指圧が水かきあたりの良いとこに入って思わず声が上擦ってしまった。
「香織さん」
その瞬間、へにゃへにゃだった美夢さんの声に芯が通る。それを聞いて私は己の失態を察した。
「今の台詞……半端なく、とてつもなくえっちだったのでもう一度言って貰えませんか? 鼓膜に焼き付けて夜毎にリプレイしますので」
《つづく》




