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「……は?」
「ほら、香織さんの流儀に倣うとお互いの情報って等価交換じゃないですか。ですからわたしの胸の内をお話しするには、引き換えに香織さんのお体の情報をいただくのが適当かと……」
「いや普通に嫌だけど!? 美夢さん、私の話ちゃんと聞いてた!?」
こっちは頑張ってお腹の柔らかい所を晒したって言うのに……そうやって茶化されるのは心外この上ないぞ。
「人が真面目な話してる時にふざけるなんて……信じられない」
踵を返してゴミ拾いに戻ろうとする私。その背中に、美夢さんが「むむむ」と不服を訴える声がぶつかった。
「わたしは至って真面目なのですが……ただ敢えて言わせていただくなら、香織さんのお話は極めて断片的で要領を得ず……これで理解を示せというのは無理がありません?」
「うっ」
「何と言いますか、文章に例えるとカッコ書きや脚注が付きすぎていて一読しただけでは何もわかりません。香織さんが何か鬱屈したものを抱えていることはお察ししますが、それ以上の情報は香織さんの頭の中にしかありませんので……何もかも知っている体で話されてもこちらはどうすればいいのか今ひとつ反応に困りますね」
「うぐーーーッ!」
急に正論をぶつけられ、私はその場で悶絶する。美夢さんってこんな論理的な話し方もできるんだ。流石は、お寺で10年も過ごしただけある。禅問答とかもみっちりやったりしたのかな。
(た、確かに告白と言う割にはぼやかしてる部分が多すぎるし……あわよくばわかって欲しいみたいな甘えはあったよ! 甘えまくりだったよ!! でもそれは……美夢さんが出会ってからこっち、私のこと全部わかってるみたいな顔してるから……そんなの、当てにしちゃうに決まってるじゃん……)
さっきまで思わせぶりに色々語ってた自分が急に恥ずかしくなって、私は顔を覆ってうずくまる。すると美夢さんが一緒にしゃがみ込んで来て、私の頭にポンと手を置いた。慰めのつもりだろうか。
「何よぉ……」
乙女の頭を気安くポンポンしないで欲しいんだけど。そんなの嬉しくないぞと私は抗議の唸り声を出すが、美夢さんは私の髪の上で掌を滑らせるのをやめない。
「わたし個人の理由なんて……取るに足らないことですよ。わたしはただ香織さんのそういう所に惹かれて、救われて、今ここでまた貴女の前に立っている。それだけで充分じゃないですか」
「そういう所って……どういう所よ」
相変わらず美夢さんの説明は説明になっていない。何でもあけすけに喋るかと思えば、自分の動機に関してだけは言葉を濁すんだ。美夢さんは現状で満足してるから良いかもしれないけど……私はそれじゃ納得できない。だってこんな私にどんな値打ちがあるのか、言えるものなら言って欲しいじゃない。
「そういう所は、そういう所ですよ。強いて言うなら……えへへ、香織さんの全部とでも言いましょうか」
はにかんだ笑顔を向けて来る美夢さんだけど、そのニヤケ面の下に一体どんな思いを隠していることやら。ただひとつだけ確かなのは、今の言い方はちょっとキモかったということかな。
「……わかったよ。もういいから、ゴミ拾っちゃおう。美夢さんもテキパキ手を……」
と、私が気を取り直して立ち上がろうとした時だった。突然、美夢さんが私の両肩をぐいっと押さえ込んで再びしゃがみ込ませた。
「えっ、何」
「動かないで」
今しがたとは打って変わった真剣な声色の美夢さん……そして肩を掴む手の力強さに私は少しドキッとしてしまうけど、どうやらそういう場合ではないらしい。美夢さんの目つきが鋭くなり、瞳孔が忙しなく動いて辺りを警戒している。
《つづく》




