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「今でも綺麗ですよ」
「そうかな? 今はそうでもなくない? 私も背が伸びて……周りが見えるようになって、ここが花畑なんかじゃなくてはぐれた種の隠れ家なんだって気付いた。でも……それでも、ここをまた探し当てた時は嬉しかったな。大事にしてた思い出が、消えずに残ってるんだって思えたから」
そして、その思い出が誰にも顧みられていないのなら……私が守りたいと思ったんだ。私の気持ちを晴らしてくれた、このささやかに生きる花たちを、今度は私の手で育むんだと。だからたまにこうして辺りを掃除したり、こっそり栄養剤を差したりしている。周りに野生の植物はいっぱいあるのに、ひいきしまくってるよね。うん。
「私、この花たちに会いたくて今の学校を選んだんだよね」
美夢さんの方を振り返り、にひっと歯を見せて笑う。柄にもないことを言っているのは承知の上。これは照れ隠しだ。
「香織さん」
美夢さんは一瞬驚いたように目を見開いてから、すぐ慈しむような顔に変わって……私に半歩近寄った。
「……さぞ、ご苦労されたことでしょう」
そう言う美夢さんの目が、少し潤んで見える。何を感極まっとるんだこの人は。こんな経緯を端折りまくった気障で抽象的な話の、何がそんなに刺さったのか。
「その……ご両親もご自分で説得されたのですよね?」
「あー……いや、それはちょっと違うかな。私の家は親よりおじい……祖父の方がずっと強くてさ。そっちにおねだりしたの」
そう、あの時は一生分の愛嬌を搾り出してお祖父様孝行をしたものだ。当時からお祖父様は病気で臥せっていて……形式的な場合を覗いてお見舞いに来る人も殆ど居なかった。血の繋がった家族ですら、動けなくなったかつての当主に用はない……お祖父様の孤独は察するに余りあるものだった。
(その孤独に、私はつけ込んだんだ)
自分の自由を勝ち取るため、またこの場所に来るために……暇さえあればお祖父様の療養所へ通って話し相手になった。我ながら酷い媚を売ったものだけど……そのおかげで、私の進路についてお父様に口添えしてもらうことに成功した。
当主の座を降りても、お祖父様には一家での発言力と面目というものがある。お祖父様が何か言えば、お父様も一応は立てざるを得ない。家を離れて寮暮らしをしたいという私の望みはすんなり叶えられた。お祖父様に残された最後の力と言うべきものを、私はまんまと利用したのだ。
「私はさ……ずるいんだよ」
胸を巡る色んな思いを喉の奥で丸めて叩いて圧縮して、私はそれだけを言葉にして口から出した。美夢さんは私のことを買い被ってるって。私はあなたが思うほど純朴でもなければ殊勝な人間でもないって。
「ねぇ、教えてよ美夢さん。なんで私なんか守ってくれるの?」
ずっと引っ掛かっている疑問が、改めて私の口から滑り落ちる。美夢さんは私の問いに少し目を泳がせて、逡巡する様子を見せた。当たり前だけど、この人の中にははっきりと答えがあるんだ。私には皆目検討のつかない、彼女の溢れるような献身の源と言うべき答えが。
「……いいですよ、お教えしても」
「本当?」
美夢さんの返答に思わず浮足立ち、私はゴミ袋を置いて彼女の傍へ駆け寄る。
「教えて。私、知りたい」
顎を上げて至近距離で美夢さんの顔を見上げ、その言葉の続きを待つ私。
「ええ、お教えします。ただし香織さんのスリーサイズと引き換えで!」
が、美夢さんの口から出たのはいつもの戯言で、私は眉根を大いにひそめることになった。
《つづく》




