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もうキツい。ノリノリだった自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、美夢さんを枕でボコボコ叩かずには居られない。
「この変態、不審者、スケコマシの性犯罪者、人の純情を弄んで……絶対許さないんだから!! うわぁーーーーん!!」
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愛梨ちゃんが警備の人を呼んでくれて、美夢さん改め変質者林美夢は保健室から連れ出されて行った。後は追い出されるなり警察に突き出されるなり、然るべき処遇が下されるだろう。
「もうっ、最低……ほんと最低!」
私はと言うと、こっ恥ずかしさと怒りが収まらず保健室のベッドでふて寝を決め込んでいた。
「運命の人かと思ったのに……ああ〜、あんな怪しいお姉さんに何かを夢見た自分が情けない! うが〜!」
などと布団にくるまって悶えていると、警備の人とのやり取りを終えたらしい愛梨ちゃんが戻って来た。
「ただいま。いやー、傑作だったわね。変質者もあそこまで実直だとむしろあっぱれだわ」
保健医とは言え仮にも教育者が言うことじゃない気がするけど大丈夫?
「……全然あっぱれじゃないもん」
「あらあら、拗ねちゃってまあ。うふふ、白馬の王子様が迎えに来てくれたと思ったのにくやちいね〜。そういうの夢だったもんね〜。うりうり」
ベッドに腰掛け、私のほっぺを指でぐりぐりして来る愛梨ちゃん。私は「うがっ」と吠えて布団と一緒にそれを跳ねのけた。
「あはは……でもまあ、良かったじゃない。ご実家からの監視とかじゃなくてさ」
「それはまあ、そうだけど」
実際、ただの変質者で安心した所はあるんだよね。この学校に来て一年、ようやく普通の女の子としての生活に慣れて来たっていうのに……それを壊されたら堪ったものじゃない。私が恐れているのは何よりそれなのだ。そんなことを考えると私はついついシュンとしてしまって、それを見た愛梨ちゃんがスッと腰を上げた。
「コーヒーでも入れるわね。クッキーをいただいたからそれも出しましょう」
そう言って、水回りのある衝立の向こうに消える愛梨ちゃん。やがて、電気ケトルでお湯を沸かす音が聞こえて来る。
(……そう言えば、愛梨ちゃんには私の家のこと結構話してるもんね。もしかして、気を遣わせちゃったかな?)
そう思った私は、努めてくだらない話題を考えた。腹の立つことに、即席で思いついたのはさっきの変質者林美夢のことぐらいだったけど。
「それにしてもさぁ。さっきのお姉さん、かなり鍛えてるって言ってたじゃん。もし本当ならバカだよね! 折角強くなったんなら、その力をもっと別のことに使えばいいのに」
「別のことって?」
衝立越しに愛梨ちゃんの声が返って来たので、私は更に続ける。
「スポーツやってオリンピック出るとか、あとはそうねぇ……世のため人のためとか? 正義感強そうだったし、案外似合うかもー、なんてね! 私みたいなへちゃむくれを狙うような変態だし、それは一番ないかぁ」
「……」
愛梨ちゃんの返事が途切れた。おい、へちゃむくれってとこ否定してよ。
「愛梨ちゃん?」
私が怪訝に思っていると、再び向こうから物音がしだして……ややあって愛梨ちゃんの声が聞こえて来た。
「ねぇ香織ちゃん。世のため人のために自分の力を使うって、案外難しいと思わない? そりゃあ、計算が早いとか手先が器用だとか、そういう能力はいくらでも社会の役に立てられるけどね。例えば素手で岩を砕けるとか、物音を立てずに歩けるとか……そういう力の場合はどうかしら」
《つづく》