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その緊張した感じで言うのがそれなのかと、私は力が抜ける思いがした。
「なんでトランプ? 私持ってないけど」
「ご心配なく! こんなこともあろうかと持参してますから……」
美夢さんが私の手を離して自分の巨大バッグに飛びつき、ガサゴソと中を漁ってプラケース入りの古そうなトランプ一組を取り出した。
「他だとウノもありますし、オセロやカタン、あとこれはっ……よいしょ、モノポリーもあるんです!」
一応常識的なサイズの筈のバッグから、次々と室内遊戯の類が出て来る。確かそれに調理器具一式も入ってたよね? どんな容量してるんだろう。
「色々見せてくれてありがとうだけど、やらないよ? 寝たいし」
「えーーーーっ!?」
バッサリ切り捨てる私に、美夢さんが叫び声で抗議する。隣に聞こえるからあんまり大声出さないでくれるかなぁ。
「まだ宵の口じゃないですか。寝るにはまだ早いですよ」
「いや、6時起きって言ったじゃん。早起きする時は早寝するの」
実際、私はどちらかと言うとロングスリーパーだ。次の日ちゃんとしようと思うと9時間ぐらいは眠らないと調子が悪い。今日は色々やっててもう20時ちょっと過ぎだから、そろそろリミットなのだ。
「暇なら美夢さんは本とか読んでいいけどさ、私は寝るからね。生活リズムが崩れるの私ほんと駄目だから。今朝だって寝起き最悪で……って、美夢さん?」
私が喋っている間に、美夢さんが遊び道具を置いて傍まで来ている。彼女は迷わず私の手を取り、その掌を自分の手の甲ですりすりと撫でると……何やら合点したように息を漏らした。
「本当だ。手がこんなに熱い……香織さん、もう眠たいんですね」
「なっ……!」
予想の斜め上を行く美夢さんのコメントに、私は急速に顔面の血行が速くなるのを感じる。確かに、眠いと手が熱くなるって言うけどさ……それってごくちっちゃい子の話じゃなかったかなぁ?
(なんか、無性に恥ずかしいっ! 変におだてられてる時より、ある意味ずっと!)
「そうとは知らず失礼しました。今日も色々あって疲れましたもんね……もうお休みした方がいいでしょう」
「くっ!……そう思うなら手ぇ離して」
美夢さんの手を乱暴に振りほどき、私は布団の中に逃げ込む。
「じゃあね!」
背を向けてそう言い放ち、きっぱり口を閉ざす私。でも、希望通りになった筈なのにどこか釈然としない。しばらく体を横たえていても気持ちがそわそわして、枕の位置もいまいち定まらない。美夢さんが変なことを言ったからだ。散々下世話な言い草をしといて、急にあんな……あんな子どもをあやすみたいなことを言うから。
(これが母性ってやつ?……いや違う、枕元で寝かしつけてくれる優しい執事のやつだ……! ちょうどメメちゃんに借りてる新刊にあったよこういうの! う〜〜〜むかつく……美夢さんの癖に、美夢さんの癖に! こんな不意打ちで私の安眠を妨害するなんて生意気なんだよ……!)
私は身じろぎを堪えながら、心の中ではちゃめちゃに悶えていた。慌てて床に就いたもんだから電気も点いたままだし、調子が狂ってしょうがない。美夢さんに頼みついでに八つ当たりでもしてやろうか……ふとそんな気持ちが湧いて、私は予備動作なく跳ねるように起き上がった。
「電気ぐらい消し……でっ!?」
「わっ」
鼻先が微かに触れ合う。美夢さんがいつの間にか枕元に来ていて、私の方を覗き込んでいたのだ。鉢合わせしてしまった私は、びっくりして固まってしまう。
《つづく》




