3-11
「おお痛……香織さん良い枕使ってますねぇ。ちょっと固すぎるぐらい固くて重みがあって……鼻が潰れるかと思いましたよ」
「そばがら入りの高級品だからね。無駄話はこれでおしまい。ごちそうさま」
残ったごはんをわしわし平らげ、私は手を合わせた。お風呂はもう入ったから、後は歯を磨いて寝るだけ。そう思うと、食事の世話をして貰えるというのは軽く感動ものだ。一人で全部やるより、断然余裕を持って次の日を待つことができる。
(まあ明日は土曜日で休みだし、メメちゃんの誘いも蹴ったから特にやることもないんだけど……あっ)
と、不意に思いついた私。美夢さんの手から枕を取り返しがてら、努めて事もなげに言ってみる。
「……明日、ちょっと行くとこあるんだけど、一緒に来る?」
「ほえっ」
何がほえっだ。どこから出たその声。
「嫌ならいい」
「いえ! いえいえ! もちろん行かせて貰いますとも! まさか香織さんからお出かけに誘って貰えるなんて……横隔膜がびっくりしちゃいますよ」
(横隔膜、ほえって鳴くんだ……)
独特な表現に困惑する私をよそに、頬を両手で包んで恥じ入る美夢さん。喜んでくれて何よりだけど、ほっとくと余計なことまで想像し始めるんだろうな。釘を刺す必要性を私は感じた。
「言っとくけど、デートとか逢引とかそんなんじゃないから。美夢さんにはめんどい雑用を手伝って貰うから、やましい考えは捨ててボランティアのような清い心で臨むこと。それを守ってくれたら……私のこと、ちょっとだけ教えてあげる」
「香織さん」
美夢さんがハッとして目を丸くする。何か大事なことを言うのかと私は身構えた。
「今の台詞、大変えっちだったのでリピートお願いできますか? 耳に刻むので」
が、そんなことはなかった。清い心でって言ったの聞いてなかったのかこの人は。
「……もういい。私寝るね」
「わーっ! ごめんなさい冗談です冗談!」
背を向けて布団に潜りかけた私を、美夢さんが手を掴んで引き止める。慌てるぐらいなら要らんこと言うなっての。あと乙女の手に気安く触るんじゃない。
「ボランティア了解です。掃除でも炊き出しでも、何でもどーんと来いですよ。そのあたりは少林寺で毎日のようにやってましたから……ハハ」
10年に渡る清貧の日々を思い出したのか、美夢さんの口元がピクピクと引きつる。そこはまあ、ご苦労お察しするけどさ。
「……わかったよ。じゃあ決まりね。涼しいうちに済ませたいから、明日は6時起き。私は寝るから美夢さんは見張っといてよ」
そう言って私は布団をめくろうとしたが、美夢さんがまだ手を離さない。
「……何、不満なの?」
そりゃ寝ずの番なんてしんどいだろうし申し訳ないとは思うけど、護衛を申し出たとは美夢さんだ。それぐらいやって貰わないと、こうしてプライベートに他人を招き入れてる意味がない。
「えっ、いやあの、ええと……」
もじもじと歯切れの悪い美夢さん。いいから言えと私が目で訴えると、彼女は意を決したように切り出した。
「ト、トランプでもしませんか!?」
「は?」
《つづく》




