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美夢さんが作った夕飯は、有り合わせといいつつ結構ちゃんとした鶏大根だった。本人は市販の調味料に頼った手抜きもいいところだと謙遜していたが、私の目から見れば何をどう楽しているのかわからないぐらい美夢さんは目まぐるしく動いて料理をしていた。
(これが女子力……いや、そもそもの生活力の差を感じる。私あんなにマルチタスクできないし、一汁一菜を同時進行で作るなんて到底無理だぁ。まず私、寮の食堂飯かコンビニ弁当しか普段食べないし。自炊経験これっぽっちもないし)
「わたしは先に片付けをしますから、香織さんは冷めないうちに食べちゃってくださいね」
なんて言いながら、美夢さんは水回りに広げた調理器具をそれぞれ拭ったり隅に整頓したりしている。因みにこの寮は自炊にはひとつも向いていない。水回りとは言ったものの、コップが洗えればいいかな程度のささやかなシンクがドア近くにあるだけ。また高校生の一人暮らしに火元の管理なんて荷が重すぎるので、ガスはお風呂にしか通っていない。
したがってまともに料理をするためには自前の設備を結構揃えなきゃなんだけど、美夢さんはその辺がちょっとスゴい。お鍋やフライパン、それに付随する細々とした調理器具の類はもちろん持ってるし、カセットコンロ一台とキャンプ用の携帯コンロ二台の計三台持ちで一汁一菜プラス飯盒ごはんの献立を可能にしている。そしてそれら一切合切を詰め込んだ巨大なショルダーバッグが、私の部屋の隅に鎮座しているというわけ。
(多分テントとかも持ってるんだろうな。バックパッカーにしても重装備すぎるし燃料費も凄そう……片付けの手間なんかも考えたら絶対楽じゃない。むしろ非効率まであるけど、そのおかげで今私は部屋から一歩も出ずしてあたたかいごはんをいただけちゃってるんだよね)
おつゆの染みた大根は舌で押し付けるだけでほろほろと崩れ、私の口の中で甘辛く溶けていく。疲れた体に程良い塩味がよく効いて、私は少し身震いした。
「うふふ」
美夢さんが片付けの手を止め、私の反応を窺っている。多分私、かなり仏頂面で食べてるけどそんなの見てて嬉しいのかな。美夢さんたら目を細めて、慈愛って表情を浮かべてるけどさ。
「おいしいですか?」
「そうだね」
大根ちょっと辛めだけどね。
「良かった。お大根の料理は少林寺でもよく出たので、わたしすっかり好物になってしまいまして。香織さんにも食べて貰いたかったんです。まあ昔は苦手だったんですけどね!」
そう言って照れ臭そうに笑う美夢さん。何でも喜んで食べそうな顔してるけど、意外と子どもの頃は偏食だったりしたのかな。好き嫌いあるとお寺のごはんって辛そうだけど、その辺は苦労しなかったんだろうか。そう言えば私、美夢さんのそういう些細なことは全然聞いてなかったかも。
「ところでさ、美夢さんって普段どこに住んでるの? その旅道具一式みたいなのとかやたら用意が良いと思ってたけど、まさか普段からよく放浪してるとか?」
ふと気になったことを、私は茶化しつつ聞いてみた。すると返って来たのは予想だにしない答えだった。
「家はありません」
「……は?」
なんて?
「ですから、住む所はないんです。少林寺を目指して旅立った時、全部引き払いましたので」
いやいやいや。
「待ってよ、それじゃ美夢さん今は住所不定ってこと!?」
何てこと。てっきり家に帰れば普通にぬくぬくしてる変質者かと思ってたけど、家なき変質者なのかよ。
《つづく》




