2-12
クワガタの鋏のように狂暴に迫り来る切っ先。しかし美夢さんはそれを冷静に見切っていた。
「そこっ!」
開いた先端にヌンチャクの鎖を差し込み、アームの根元にぶち当てて刺突を寸断。その慣性に任せて棍の片方を向こうに回して一回転、巻き付いた鎖でもって刺股をがっちりとホールドしてしまった。
「なっ……! こっ、こんなことでえっ」
玉風が面喰らい、刺股を手元に引き戻そうとする。しかしヌンチャクを引き絞る美夢さんの腕は全く緩まず、鎖は頑として動かない。
「返すでございます!!」
玉風がムキになって柄を引っ張り、その手が僅かに滑る。その瞬間、美夢さんは捉えた武器本体を下から勢い良く蹴り上げた。途端に刺股が玉風の手を離れ、ヌンチャク諸共あらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
「…………!!?」
唖然として、木々の間に消えて行く己の武器を見送る玉風。これで双方、武器は無しだ。
「あなたもいずれ、少林寺の門を叩いてみなさい。上には上が居るということが身に染みてわかる筈ですから」
爽やかに言い放つ美夢さん。しかしその背中からはギラついたオーラが立ち昇っている。形勢は決まった。あとは終わらせるのみだ。
「舐めるなと……言っているでございますよーーーーッ!!」
激昂した玉風が跳躍し、空中で回し蹴りを放つ。漆黒のブーツの爪先からはナイフのような刃が飛び出し、美夢さんの喉元を狙う。しかし、それも破れかぶれと言う他はない。
「ぎえええええええいっ!!」
美夢さんが喉を絞って奇声を上げ、鋭い上段蹴りを繰り出す。ピンと美しく伸びた蹴り足が玉風の顎をかち上げ、人身事故のように空中で一回転させる。
「わああああああああおっ!!」
執念で着地を決めた玉風の腕をすかさず掴んで捩じり上げ、あらぬ方向へ曲げたまま背負い投げを決める。
「どおりゃあああああああああっ!!」
そして完全な死に体で仰向けに叩きつけられた玉風を前に跳躍、落下力を乗せた手刀を伸びきった土手っ腹に思い切り打ち下ろす。
(き、昨日も思ったけど容赦がない……この人が殺し屋じゃなくて良かったぁ!)
「ごぼぼっ……お、覚えてろ……でっ、ございます……がくり」
私が肝を冷やしながら見届ける中、玉風は血の泡を吹いて昏倒。私のみならず美夢さんをも翻弄した強敵だったが、これで当分は再起不能だろう。……多分だけど、死んでないよね?
「ふう……終わりました、香織さん。わたし、また香織さんを守っちゃいました!」
そう言って振り返った美夢さんは額から流血していたけど、その顔はあどけなくて……まるでフリスビーを取って来た後のなでなでを待っている大型犬みたいだ。数秒前まで座った目で残虐ファイトを繰り広げていたというのに、この切り替えの早さはいっそ尊敬に値するよ。
「うん。お疲れ。労ってあげたいのは山々なんだけど、その前にその流血をどうにかした方がいいと思う。顔面から出血大サービスしてるから」
「えっ? ああ、失礼しました。でもこの程度なら気脈をコントロールして止血できますから、大丈夫です!」
美夢さんは自信満々に言うけど、少林拳ってそんなことまでできるの? 私が訝しがっているうちに、美夢さんはその場で腰を深く落とし、両手を胸の前で突き出して大きく呼吸を始める。何やら健康に良さそうなポーズで美夢さんが全身に力を込めた結果……額から勢いよく血が噴出した。
「駄目じゃん!!」
ギャグのような絵面に、思わず素の突っ込みが出る私。いやまあ、結構大惨事なんだけど。
《つづく》




