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「ちいっ!」
逆に不安定な体勢にされてしまった美夢さんはすぐに飛び退くことができない。股関節の柔軟さを遺憾なく発揮し、半ば座り込んだままパンチを繰り出す。アッパーカット気味の軌道で玉風の顔面を狙ったそれは、しかし敢え無く払いのけられ、逆に玉風のミドルキックが美夢さんの脇腹に突き刺さった。
「がっ……は!」
美夢さんが悶絶する。低身長から放たれた蹴りが、ちょうど肺の高さを捉えたのだ。しかし玉風は咳き込む暇など与えてくれない。刺股を地面から引き抜きざまに大きく切り上げ、即座に攻撃に転じる。標的を顎から真っ二つにせんばかりの斬撃を、美夢さんは咄嗟にのけぞって躱した。
「か~ら~の~?」
が、玉風の攻撃には次があった。弧を描いた刺股の切っ先を背後の地面に突き刺し、それをポールのように掴んで宙へ飛び上がる。そして、のけぞりの反動で戻って来た美夢さんの顔面に両足キックをめり込ませた。
「ぶぎゅっ!?」
虚を突いた一撃をもろに喰らい、美夢さんが一瞬前後不覚になる。
「さ~ら~に~?」
一方の玉風は刺股をもう地面から引き抜いて手元に取り直しており、柄の先をまっすぐ突き出して強烈な打突を美夢さんの眉間に叩き込んだ。
「ぎゃんっ!!」
吹っ飛ばされた美夢さんが地面を転がり、私の所まで戻って来る。見ると口の中を切ってしまっているし、額も一撃で少し割れて血が滲んでいる。十秒足らずの攻防で、何とも可哀想なご面相になってしまった。
「だ、大丈夫!? あの子ギャル、そんなに強いの……?」
「う゛え゛っ……ペッペッ! いやはや何とも、情けない姿をお見せしまして……」
口の中に溜まった血を吐き出して、美夢さんがブルブルと被りを振る。他にもジャージの脛あたりが無残に裂けてるけど、脚は大丈夫なのだろうか? 片膝を立てた美夢さんの様子からは、怪我の程度は窺えない。もしかして、これって結構ピンチ?
「にしししし! 如何でございます~? ワタクシの実力は。疾風先輩なんて目ではございませんよね? 是非ともコメントを頂戴したく」
何せ、玉風はまだ一度も攻撃を貰っていない。ここまで一方的な展開なのだ。
「長さ2メートルのギミック刺股なんて取り回しづらいに決まってる……攻撃の軌道が読みやすいし懐に入ればこちらのもの……それがパンピー様の考えというものでございましょうが、お生憎様でございます。血影衆の殺手に、武器によるハンデはございませんので~」
軽く見積もっても十数キロはありそうな金属製の刺股をバトンのように旋回させ、玉風が得意気に笑う。ブォンブォンと風を切る音が、ミニな容姿に似合わなさすぎる。
「それに引き換え、体格のあるアナタはお姫様サイズのワタクシに対し攻め手を欠く。有効打を狙えるのは下段への突きやローキック、あとはさっきの足払いぐらいのもの……読みやすいのはそちらでございますよ~」
それにしてもこの殺し屋、意外とよく喋る。
「なるほど……」
玉風が語るのを聞きながら、美夢さんが深呼吸をする。気を落ち着けているのだろうか。
「よくわかりました。小柄な体躯は、攻撃に当たる面積を最小にできる。そこへ大刺股を手足のように操る技術が加われば、接近戦でも相手を制することが可能というわけですか。……正直、見た目で判断してあなたを侮っていました。非礼を詫びさせてください」
「はぁ、別に気にしてございませんよ。容姿で獲物の油断を誘えるのも、ワタクシの長所でございますから。てかアナタ、それどういう心境でのたまってるんでございますか?」
《つづく》




