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ガギィン!
金属製と思しき刺股のアームは、エッジの部分が刃のように研がれている。逸れた一閃が側に立っていた木の幹に打ち込まれ、真新しい斧傷を刻みつけた。美夢さんが機転を利かせて避けなければ、二人まとめて首を跳ね飛ばされていたことだろう。
「ひいっ……!!」
一気に血の気が引く私。小柄な体で長柄の武器を振るう膂力もさることながら、玉風の隠密スキル……暗殺者としての能力は本物だ。昨日の疾風も俊敏さはかなりのものだったが、彼女はあくまで獲物の恐怖心を煽ることに力を注いでいた。対して玉風の方は迅速にターゲットを抹殺することを信条としているのかもしれない。
「ぜいっ!」
美夢さんが尻餅をついたまま片足を蹴り上げ、玉風の持つ刺股の柄を跳ね上げた。バランスを崩され、玉風がたたらを踏んで後退する。その隙に美夢さんは私を木の根元にそっと腰かけさせ、自分は立ち上がって遂に玉風と向かい合った。
「……その装束を見る限り、あなたは昨日の刺客と同じ組織に属しているようですね。教えてくれませんか? 香織さんのようなささやかに生きている人を、何故こうも執拗に狙うのかを」
ささやかに。美夢さんが悪気なく発したその言葉が、私の胸をチクリと刺した。そう、私はささやかに生きていたかったんだ。でも、それを許すまいとする力が働いている。その結果が今の状況だ。
(美夢さん……美夢さんは知らないけど、私はそんな普通の女の子じゃないんだよ。私は……!)
暴れる気持ちが喉の奥でのたうち、口を突いて出そうになるのを私はすんでの所で堪えた。今ここでそれを話してどうなるものでもない。美夢さんを動揺させ、窮地に追い込んでしまうのがオチだ。
「林美夢……左様でございますか。旋風サンが言っていた謎の護衛、アナタがそうだったのでございますね~。なるほど聞きしに勝る腕と、それを上回る酔狂さをお持ちのようで」
今や簡易的な戦斧と化した刺股を構えつつ、玉風が言う。それに応えるように美夢さんも腰を落として半身に構え、臨戦態勢を整える。
「香織さんはわたしの大切な人。それだけです」
「まあ、深くは聞きませんよ。アナタ方がどんな関係だろうとワタクシの知ったこっちゃございませんし、アナタの質問に答える気も全くございません。任務の障害は排除するのみでございます」
林の中を風が吹き抜け、ざわざわと揺れる木々の音が場の緊張を更に掻き立てていく。美夢さんと玉風、対峙した二人の戦士はすり足でじりじりと間合いを測り、各々呼吸を整えたのち、
「どりゃ!!」
「たあっ!!」
同時に地を蹴って突進した。刺股を振りかぶり、痛打を見舞おうとする玉風。しかし、長柄の武器より徒手空拳の方が断然速い。先に美夢さんが下段突きを繰り出し、玉風は堪らず武器の柄でそれをガードした。
「この距離で、そんな読みやすい武器などっ!」
相手の動きを止め、美夢さんが追撃を繰り出す。地面すれすれまでかがみ込み、水平の回し蹴り。足払いを仕掛け、一気に体勢を崩しに行く。
「甘いでございますよ~」
と、玉風の不敵な声。私がハッとするより前に、美夢さんが「ぐっ……!」と苦悶の声を漏らした。見ると、美夢さんが狙った玉風の足元には刺股が逆さに突き立てられており……なんと美夢さんはそのエッジめがけて思い切り蹴り込んでしまっていたのだ。
(美夢さんのパンチを柄でガードした後、刃を返して足払いの防御に行ったんだ。なんて巧みな武器捌き……いや、それ以上に、美夢さんの攻撃が完全に読まれてたんだ!)
《つづく》




