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「……こんなことだろうって薄々わかってたけど、やっぱキツいなぁ……」
屋上の金網に背中をつけ、そのままずるずるとへたり込む私。元々、あの家での暮らしは私にとって苦痛でしかなくて、家族の誰にも未練なんてなかったけど……それでも、殺されるほど憎まれる筋合いはない。そう心のどこかで思っていた。ところが現実はまるで違ってて、そのことが案外、心に来ていた。
「ああもうっ、くそっ、くそっ……」
やり場のない気持ちをぶつけるように頭を金網に打ちつけ、コンクリの床を踏みにじる。心がささくれて全然収まらない。誰かの手で受け止めて、癒やして欲しい。でも、もし誰かが胸を開いてくれたら私はこの鬱憤を力任せに叩きつけてしまいそうで……きっとその人を傷つけてしまう。八つ当たりになってしまう。それは……ちょっと嫌かも。
「……もう、今日は帰ろうかな」
メメちゃんの顔も、今は見られる気がしなかった。こっそり教室に鞄を取りに行って……いや、もう着の身着のままでいい。とにかく寮に戻ろう。学校をフケることになるけど、構うもんか。そう思って、私が立ち上がろうと地面に手をついた時だった。
「サボりはいけないでございますよ〜」
ピッチの高い、それでいて間延びした声が私に向かって投げかけられた。ハッとした私が見つめる地面に、前方から影が伸びている。誰か、目の前に居る。
(嘘でしょ!? 放課後ならともかく、こんな昼日中に……!?)
慌てて腰を浮かせる私。そこへすかさず、何かアーム状の器具が伸びて来て、私の胴体を鷲掴みにする。そのまま背後の金網に叩きつけられ、私は危うくお昼のサンドイッチを吐き出す所だった。
「あらら、なまじ避けたりなさいますから〜。首じゃなくてお腹を挟んじゃったじゃございませんか。修羅場に慣れてるってのも考え物でございますね〜」
裏返りそうになる目を凝らして声の主の方を見ると、それは小学生ぐらいの容姿をした小柄な女性だった。豊かな髪をツインテールに結んで、バッチリしたアイメイクで挑発的に微笑んでいるイケイケなルックスの女の子。でも、そんなお飾りの全ては墨を垂らしたように真っ黒で……身に纏っている衣服も忍者を思わせる漆黒の装束だった。昨日、私を襲った疾風と同じように。
「かはっ……血影衆の、殺し屋……!」
横隔膜を絞り上げ、私はそんな言葉を吐き出した。肋骨の少し下、内臓のあたりを圧迫されて息が苦しい。あの女の子が手に携えているのは、長さ2メートルはありそうな刺股状の武器。その先端部分がクレーンゲームのアームみたいになっていて、捕らえた獲物を持ち主の力加減で締め上げることができるみたい。
「如何にも、でございます。ワタクシの名は玉風……血影衆のナンバー2を自認させていただいております、今まさに来ている殺手でございますよ〜」
玉風と名乗った女の子が刺股の柄をじわりと捻り、それに従って拘束が強まる。骨まで軋むような圧力に、私は意識を奪われないよう踏ん張る。偶然だったけど、首への直撃を避けられて助かった。もし喉を掴まれていれば即座に窒息させられ命はなかっただろう。それほどのパワーだ。
「あなたっ、なんで私を狙うの!? 誰に……ぐっ……頼まれ、て……っ!」
「その状態で喋るとキツいでございますよ。ワタクシは疾風先輩のようなSっ気もございませんし、獲物に冥途の土産をくれてやる義理もございませんからその質問はスルーさせていただきまして……さっさと済ませてしまいますね~」
玉風が刺股をぐいっと腰だめに構え、私の体が金網を越えて高々と吊り上げられる。もがく足が虚しく空を切り、私はこの後訪れる最期を察して悪寒を覚えた。
「誰にも言えぬ複雑な家庭環境を抱えた女子高生、世を儚み屋上から飛び降り自殺。警察ではそういうお調べがつくのでございましょうね~」
《つづく》




