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昼休み。私は人っ子一人居ない校舎の屋上を選び、一本の電話をかけていた。
「……もしもし向坂さん、その後、何かわかった?」
向坂さんは実家で良くしてくれていた人で、私が寮暮らしを始めてからもたまに連絡を取っている。昨日、殺し屋に襲われた後、私は彼に実家で異変が起きていないかメールで尋ねていたのだ。
「ええ、香織様。わたくしが知り得た所をご報告致しますので、必要であればお人払いを。それと……どうか落ち着いて聞いてください」
向坂さんは優しく、裏表のない人だ。私を慮る彼の口調から、私は大方の察しがついてしまった。私が続きを促すと、彼は静かに告げた。
「大旦那様が亡くなられました」
「……そうなんだ」
大旦那様。つまり私のお祖父様。長いこと静養していたけど、それでも強い影響力を持っていた我が家の柱だ。だけど、亡くなるのは前々からわかっていたこと。周りも備えていた筈だし、それだけでは異変とは言えない。
「それ、いつのことなの?」
「三日前の晩のことです。しかし、わたくしどもに知らされたのはつい昨夜。正式な発表はもっと先になるようです。香織様の元へ、旦那様から連絡などは……」
「来てない。妙ね」
いくら私が実家を離れて暮らしているとは言え、お祖父様とは絶縁したわけでもない直接の親族だ。それなのに、訃報を三日も伏せられていたのは不自然だ。誰かが意図的に知らせなかった……もしそうだとしたら、一体何のため? 私が向坂さんから今こうして聞かなければ、一体いつまで隠しておくつもりだったのだろう?
「実は……わたくし、ある噂を耳にしております。かねてより旦那様が調査しておられた件……“例の物”の相続権が、香織様に渡ったというものです」
「えっ」
まさか、そんなことがあるなんて……冗談だと思いたい。でも考えてみれば……お祖父様が病床に臥したのはもう何年も前だ。公的な引き継ぎや家中のことまで大方整理がついている今、未だ宙に浮いている案件なんて、それこそ“例の物”ぐらいだろう。その問題に動きがあったとすれば、まさに異変と言って差し支えない。
「その噂、確かなの?」
「申し訳ございません。あくまで噂ですので、保証は致しかねます。ですが、どうかお気を付けを。もし昨日の刺客が、相続人である香織様を消すために差し向けられたものであるならば……黒幕は家中に居る可能性が高いということに」
向坂さんの言い方は、少し濁したものだった。昨日の時点で私に手を出せる者が居るとすれば、それはお祖父様の訃報をいち早く知っていた者……臨終の近いお祖父様の病状を逐次把握し、その後の手続きのため前もって馳せ参じていた家族たちだ。つまり、私の命を狙ったのは血の繋がった親兄弟ということになる。
「……紗雪お姉様の様子はどう?」
私に情報を与えない判断をしたのも、恐らく私の知る誰かだ。そんな謀をめぐらせそうな身内は……なんて、すぐに特定の誰かの顔が浮かんでしまう。昨日、殺し屋・疾風に言われたことを何一つ否定できていない自分が嫌になりそうだ。
「さあ……そこまでは。機会を見て探っておきましょう。香織様……さぞお辛いでしょうが、きっと道は開けます。わたくしもきっと打開策を見つけますので、どうか儚むことのありませんように。昨日のお話にあった助っ人の方……その方は貴重なお味方です。どうか大事になされませ」
精一杯の励ましをくれた向坂さんに謝意を伝えて、私は電話を切った。その音声が途切れて、遥か眼下の校庭から響く昼休みの喧騒が私の耳元に戻って来るまで、少しかかった。
《つづく》




