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うるうるした目で見つめられ、私の良心が痛む。命を引き合いに出されては、こっちは何も言えないじゃん。ずるい、ずるいよ美夢さん。そして大人げない。子どもの立場として心底軽蔑する。ふざけんなって思うけど。
「……はぁ」
それでも、この人が居なければ私の命はないんだよね。せっかく家を離れて普通の女の子の生活を満喫していたのに、それも危うくご破算になる所だった。そう考えれば、貞操を差し出すことぐらい安い……のかなぁ!? やっぱり釈然としない所はあるけど、今のテンションならそれも許せるかもしれない。
「どうぞ。好きなようにしたら?」
私は目を閉じ、両手を広げて美夢さんに胸を差し出した。
「か、香織さん!? いいんですか? 本当に、本当の本当に、いいんですか?」
「うるさいな。いいから早くして」
実際のとこ、全く良くないけどね。内心ガクブルだ。女同士でえっちなことするなんて考えたこともなかったし、そもそも何をどうするのか見当もつかないし。私が怖気づく前にさっさと義理を果たさせて欲しいっていうのが本当のとこだ。
「で、では……お言葉に甘えて」
「んっ……!」
私は体の震えをおさえながら、美夢さんが触れて来るのを待った。大人の美夢さんだから知ってる、えっちなこと。それを今からされてしまう。楽しみじゃないけど、全然期待なんかしてないけど、それでも無意識に息が浅くなる。
(い、いつ来るの? もう結構経った気がするけど……何秒? 何十秒? これもう何分か待たされてない? まさかこれが、焦らしってやつ? 大人のテクニックってやつなの? ム、ムカつく……余裕見せてくれちゃって! こっちはいっぱいっぱいなんだから、遊ばずに早くシてよぉ~~~~~~~~!!!!)
などと、逆に私が心の中で懇願するという倒錯した状況がしばらく続いた。ややあって、ようやく美夢さんが私の手に触れて来た。
「ひうっ」
突然の接触に、私の肩がピクリと跳ねる。緊張のためか、こんな何でもない触れ方でこんな大袈裟に反応してしまう。
「み、美夢さん……」
目を開ける勇気がなくて、今何が起こっているのかわからない。美夢さんは私の左手を自分の両手で包み込んで、しばらくにぎにぎしたり、手の甲を指でさすったり、 なんだか戯れるような、慈しむような……そんな触り方を続けた。
(美夢さん……すごく優しい。なんだろう、不覚にもドキドキする……!)
体を張って私を守ってくれた美夢さん。私のネガティブなとこを肯定して包み込んでくれた美夢さん。そのあたたかさが手から伝わって来るようで、私は体の至る所がもじもじして来るのを感じる。これ、私、ちょっと出来上がって来ちゃってるんじゃない? 何がとは言わないけど。
(手を触られてるだけでこんなにときめいちゃってて、これから大丈夫かな……これからもっと凄いことされて、あちこち触られて、私……私……どうなっちゃうの~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?)
と、私が一人で感極まりかけていた時だった。
「……はい。ごちそうさまでした」
……は?
「今回のご褒美はいただきましたので、終わりにしますね。香織さん、お疲れ様でした」
……は?
「ちょ……ちょっと待て~~~~いっ!!」
ここまで思わせぶりなムード出しといて、散々ドキドキさせといて、そもそも……そもそもうら若き乙女に体を差し出すとまで言わせておいて、これで終わり? 流石に抗議させて貰うべく、私は瞑っていた目をカッと見開いた。
「あんた、人をおちょくるのもいい加減に……ってどしたんその顔!?」
何てことだろう。さっきまで大人っぽく見えた美夢さんの顔が今は茹でだこのように真っ赤になり、目は子犬のようにうるうるしてもう大変なご面相になっているではないか。う、嘘でしょ? あれだけえっちに拘っていたのに、まさか手を触ってるだけでこんな状態に!?
「へ? いや……あはは、メンボクナイデス」
いや声ちっちゃ。
「どうしたのよほんと……私に色々したくて頑張って来たんじゃないの? そんなよわよわで大丈夫なん? ってかさっきまで普通にハグしたり頭ぽんぽんしたりしてたじゃん! 何を今更カマトトぶってんの!?」
「だ、だって……ああいうハグやスキンシップはあくまで博愛と言いますか、香織さんを元気づけるためにやってたことですから。こう、改めてえっちのために触れるとなると全然違うと言いますか……お、思ったより緊張しますねぇ……えへへ」
えー、信じられない。そう言えば少林寺で拳法を学んだって言ってたけど、少林寺って要はお寺だよね。まさかこの人、長年の禁欲生活であり得ないぐらいウブになっちゃってるんじゃない? 哀れな……煩悩のために修行して、見事に煩悩を奪われちゃうなんて。
「で、でもわたし、頑張りますから! いつか香織さんと本格的にえっちできるように、練習します。だから……これからも貴女を守っていいですか?」
ペコペコ頼んで来る美夢さん。思うんだけど、頑張るポイント絶対にそこじゃないからね? でもまあ、この調子だと私の貞操が危機に晒されるのは当分先になりそうだ。私の家を巡って何か厄介なことが起きてるみたいだし、しばらくは美夢さんの欲を利用させて貰うとしよう。……やっぱり、私ってろくな人間じゃないのかもしれないね。
「……しょうがないなぁ。じゃあ契約は続行。私とえっちしたければ、頑張って私を守ってね。美夢おねーさん」
こうして、私と美夢さんの関係は始まった。この先、もしかしたら大変なことに巻き込まれるかもしれないけど、当面の懐刀を得たからかな……私の心は不思議と安らかだった。
《つづく》




