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「香織さん」
美夢さんが目を丸くしている。そんなに意外だったかな。
「あのね、私は生まれた家がちょっと特殊で……私はそれが嫌だから、わざわざ地元を離れて寮暮らしまでしてるのね。だから、狙われる心当たりっていうのは……全くないって言えば嘘になるの。だから常にピリピリしてて……美夢さんのことも疑って。今でも信用できてるかって言えば、必ずしもそういうわけではなくて……」
殺し屋・疾風が私に言った言葉が脳裏をよぎる。やましくて、後ろ暗くて、常に誰かの敵意に怯えている……そんな忌まわしい性分が、私の中にも根付いているのかもしれない。現に私は、ここで美夢さんに身の上の全てを話すのをためらってしまっている。
「だから、何が言いたいかっていうと……素直にお礼が言えなくて、ごめ……わぷっ」
謝罪の言葉を口にしようとした私だったが、その前に美夢さんが覆いかぶさって来て、ギュッと抱き締めて来た。
「大丈夫です。ちゃんと聞こえてました。香織さんのありがとうって気持ち。わたしに申し訳ないって気持ち。全部わかってましたから。香織さんは優しい人です……どうか、そんなに自分のことを卑下しないでください」
「美夢さん……」
私は美夢さんの背中に手を回し、ギュッと抱き締め返した。戦いの後で、美夢さんの体はかなり汗ばんでいて、やっぱりちょっと埃っぽいけど……嫌じゃない。あたたかくて、やわらかくて、なんだか安心する。
「どうして? どうして私にそこまでしてくれるの?」
ちょっと鼻をすすりながら私がそう尋ねると、美夢さんははにかむように笑った。
「わたしは……人生で一番つらい時を香織さんに救われました。その時から、強くなって貴女を守ることがわたしの夢になった。生き甲斐になった。まあ、こんな形で実現するとは思いませんでしたけどね……あはは、それでもわたしは嬉しいんです。ただそれだけ」
「私が、美夢さんを?」
救ったとはどういう意味だろう。そもそもいつ? どこで? ……駄目だ、全く思い出せる気がしない。思い切って聞いてみようか。いや、こっちから何も話さないのに、相手の事情だけ聞くのはフェアじゃないよね。今は疑問を飲み込んで、このぬくもりに感謝しよう。私を守ってくれる、美夢さんのぬくもりを。
「ん……」
私は更に腕を回し、美夢さんに甘えようとした。と、その時だった。
「それで、そのぉ……アレ、なんですけどね?」
突然、美夢さんが私の体を引き離し、もじもじした顔でこちらを見て来る。あ、なんか嫌な予感がする。
「わたし、香織さんを守りました。なので、ええと……えっちなことをさせていただけると嬉しいんですけどぉ……如何でしょう?」
ほらねーっ!! やっぱそうなるよね。最初に言ってたもんね。美夢さんに守ってもらう代わりに、私は体を差し出せって。とは言っても、何もこんなタイミングで言い出さなくてもいいのにね。デリカシーがなさすぎるよ。
「あなたねぇ……恥ずかしいとか思わないわけ? せっかくかっこいいこと言ってるのに、台無しなんだけど」
「無私の愛情がかっこいいのはわたしだって知ってます! でもどんな名犬でも食べれる餌がないと生きていけませんし、わたしだって頑張った後はご褒美が欲しいんです!」
「うぐっ」
確かに、美夢さんは頑張った。頑張ったなんてレベルじゃないぐらい頑張ったよ。それなのに何のご褒美もないのは……流石に可哀想、かも?
「わたし、命をかけて殺し屋と戦いました。それでも……駄目ですか?」
「うぐぐーっ!」
《つづく》




